同音異義
綿
ユキ
庭師の陰謀
死を司る者への考察
懇願
残夢
メシア
以心伝心
道標
雪童子
音素とのボーダーライン
犬
定義と定理の狭間には
ヒトの限界に挑む
The fool
あの人は世界が愛おしいと溜め息を吐く。
綺麗だと目を細める。
なのに最も相応しい筈の言葉には禁忌を背負わせた。
あの人の心理は何処まで真理を含んでいるのか。
「なぁナタリア、美しいって言ったら何?」
「なんですのルーク、藪から棒に」
「んー、何となく?」
質問意図は不明且つ不明瞭。
尋ねられた少女は肩までの巻毛を揺らし首を傾げた。
「そうですわね…私でしたらこの世界、でしょうか」
「世界…」
「えぇ。未完成な社会ではありますが為政者は少しずつ成果を上げています。今に住み易い世界になるでしょう」
力強い表情で語るのは自身の生涯を賭る課題。
視点と始点の違う世界観。
「ん、参考になった。ありがとうナタリア」
「いえ、何かのお役に立てるならこの位朝飯前ですわ」
しゃんとした立ち姿に背を向け歩き出す。
同じ為政者という立場であるにも関わらず方向はまるで逆方面だ。
あの人は綺麗だと褒めた事はあっても美しいとは口にしなかった。
在るだけで美しい世界。
美しい社会が在る世界。
どの世界が美しいかは判らない。
その判断を下せるだけの定法の様な情報は存在しない。
ただ。
――――――――――
ただ世界はそこに在る。
今はそれだけ。
△
鳶色の髪の成年が部屋に帰ると居る筈の青年が居なかった。
夕飯まで時間があるとは言え外界は異界の様な白の世界。
溜め息を溜めず送り出す。
「それで?何をやっているんですか、貴方は」
「見てわかんねー?遊んでんの」
それこそ溜め息が正統な正答。
見て分かるに決まっている。
いけしゃあしゃあと言って退けたこの緋色髪の青年は外に積もる白い綿で遊んでいる。
性格に従って正確に言うなれば彼は雪だるまを作っている。
そして更に付け加えるならば大分歪な。
もう溜め息しか出ない。
「副音声の聞こえない人は困りますね。この寒空の下、薄着で、手袋もせず馬鹿じゃないですか、と言ってるんです」
この綿は白く、柔らかいが決して温かくはない。
寧ろ強烈に冷たい。
それ程経験がある訳ではないがアレが数十分で指先の体温をほぼ完全に奪う事位知っている。
いつから出ているか知れないが覆う物のない指が感覚を失っているのは想像に固くない。
事態に気付いてから実に3度目の溜め息を肺から吐いた。
「うわ、ヒデーな。仕方ないだろー?俺、雪見たの初めてだったから」
「初めて、ですか?」
「おう。バチカルじゃ降らないからな」
本で知ってたけど、と笑顔でだるまの頭をゴシゴシと擦り形を整える。
しかしそれはどう見てもボールではなくテーブルに近づいていた。
もうどの位幸せを逃しただろうか。
数えるのも鬱陶しい不快な深い息を追い出した。
「下手くそにも程がありますね。貸しなさい。私自ら作って差し上げます」
「とか言ってジェイドもやっぱり遊びたかったんだろ〜?一緒に遊ぼうぜ!」
「馬鹿も休み休みにして下さい。貴方にやらせると雪だるまが可哀想だからに決まっているでしょう」
――――――――――
大人気ない大人と子どもらしい子どもが見付けられたのはこれから更に後。
△
冷たさ。
痛さ。
白さ。
儚さ。
それが第一印象。
吐く息は白。
背景は黒。
排他的なそれは中に入ってしまえば赤の異邦人に友好的だった。
落ち着く無音。
落ち行く久遠。
印象は変わり代わりの印章が押される。
温かさ。
静けさ。
白さ。
強かさ。
それが今の印字。
――――――――――
赦しの無色。
△
「なぁガイ!雪くれよ!」
「…それはまた唐突ですね。如何したんですか」
喜々として危機を齎す無類の赤は今日も健在。
顕在する問題を目にして覇気を欠く息を吐くのを何とか堪えた。
使用人の承認など有って無いもの。
思いに重い空気も読まず無敵の赤は動機を口にする。
「ペールが言ってたんだ!雪って白くて冷たくてキラキラしててキレイなんだろ?」
後であの庭師に言っておかねばならない。
暇潰しの相手をするのは有り難い話だが余計な事を吹き込まれるのは迷惑だ。
面倒が増え行くのを犇々と感じつつ問題の解答を求める。
「まぁ…そうと言えば言えない事も無くは無いのかも知れませんね」
「どっちだよ」
「それは置いておいて。それでルーク様は雪が欲しいんですか?」
「あぁ、今すぐに!」
「……。それもペールが言ったんですか?」
「うん」
何か、恨みでもあるんだろうか。
頭痛を抑える様に米神を押さえた。
「あぁ、でもお前に無理なら良いぞ。父上に頼むから」
「…!出来ないとは言ってません!」
憎き仇にまた敗北を喫すると言うのか。
ただ実行し難いというだけで。
二度と負けるものか。
「明日までに俺が雪を出して御覧に入れましょう」
「そっか。じゃあ頼んだぞ」
乗せられた気もしたがこの際どうでも良い。
俺は敗けはしない。
どんな事があっても絶対に。
だって俺の大切なものは全てあの時に奪われたのだ。
――――――――――
「ペール!上手くいった!」
「そうですか。良かったですね」
理由が何であっても構わない。
主人が日々へ鬼を埋めていく事が出来れば何だって。
△
「あんたも、大変だな」
「貴方程じゃないと思いますがね」
違いない、と笑えば相手は逆の表情に歪んだ。
「貴方はまだ分かってないみたいですね。良いですか?あの鬼畜メガネは、」
「性根が曲がってて卑怯で非情で利己主義の塊で簡単に親友を売る血も涙も無いヤツ、だろ?」
ぐ、と詰まる笑みは不快にも深いもの。
見透かされる笑顔に不確な不覚を取られる。
「でも過大評価も過小評価も過剰評価もしないで見てくれる。大事な仲間なんだ」
本当に。
この笑顔に弱い。
錯覚など覚えない程の自覚がある。
望まれる事はないのだろうけど。
「私の負けです。好きになさい」
「俺、サフィールのそーゆー優しいトコ、好き」
「私は貴方のその真っ直ぐ過ぎる所が苦手ですよ、ルーク」
――――――――――
屈折した私達にその笑顔は眩し過ぎるのだ。
△
「ジェイドは?言ってくれないの?」
「その行為が私に何の利益も齎さないのに、ですか?」
損得だけを行動理念に置いていた事は此処に来て明らかに不利益を呼び込んでいた。
行動は制限され高等で高度な口頭を用い必死で煙に巻く事は必須。
大切な事は大雪に見舞われ自ら掘り起こす真似も出来ない。
見える距離にある筈のに求めるものは果てしなく、遠い。
「でも言ってくれなきゃ手元が狂って世界を滅ぼすかもしんれーぞ?」
努めて軽い調子に調節し、そうと聞こえる様に。
努力している積りなのだろう。
この見通す者には積りにもならないが。
「そんな事言って実行しないでしょう?貴方は」
翡翠の目は丸くなる。
一瞬後には半分になってしまったそれを勿体無く思った。
言葉一つ許せば、最も見たいものが見られる、のに。
私が、私だけは、口にする事は出来ない、のだ。
「ちぇ。詰まんねェの」
「私に期待するだけ無駄ですよ」
――――――――――
だから早く諦めて。
△
空の海月を深海に身を委ねる事なく見たのはもう何度目だろう。
朝焼けにたゆたうのを眺める度に同じ思いが打ち寄せる。
あの日瓦礫になった街。
轟音・残骸・焦げた匂い。
悲鳴・怒号・高い呼び声。
記憶の海は干上がる事無く俺を呼ぶのに。
想いはいつまでも渦潮に似て渦巻き。
同じ所をぐるぐる回って結局海辺に戻されてしまうのだ。
「……」
共生する正気を強制的に矯正する狂気に暁が迫る。
しかし瘴気を焼却する炎は常軌の前に広がる青に消却しつつあった。
陽はその緋色で狂気を一時退けるだけ。
日色より圧倒的な強さで海月はその体に狂気を繋ぎ留める。
正しさがもう判らない。
いっそ狂ってしまえれば良かった。
それでも希みが自らにすら敵わず叶わない事を知っている。
もう願う権利もない事も知っている。
こうして寄せては返す波が自身を誘ってくれる時を待つだけ。
――――――――――
赦される一場はもう深海にしかない。
早く早く。
△
沈黙を続ける我等が主よ。
罪深き我等はいつになったら断罪の終日を戴けるのですか。
贖罪は未だ御国へ達していないのですか。
「メシアか…」
「おや知っているんですか?これは意外ですね」
「お前馬鹿にし過ぎ!幾ら何でもこンだけデカい祭は知ってるよ!」
「それはそれは失礼致しました」
おどけた調子で謝罪すると、誠意が込もっていない、と抗議された。
抗議が講義に変わると面倒な問答が始まる。
そうさせまいと悪戯心も手伝った方向転換を試みた。
「ではメシアの意味は知っていますか?」
「土地の言葉で救世主、だろ」
「本当によくご存知ですね」
まぁな、とそれ以上青年が答える事はなく異様な知識を披露した違和感が影を落とした。
「なぁ、カミサマがいるなら何で世界をそのままにして置くのかな?」
「そのまま、とは?」
「“父なる主は沈黙なさっておいで”なんだろ?」
「終末の日の話ですか」
救世主がこの地に送り出される時地に住まう血を天へと送られる。
全ての生あるものは御国へと引き上げられる。
それが終末。
それが世界の終日。
しかし救世主は父の元に送り返されたと言うのに終わりの兆しなど微塵も無いのだ。
「簡単な事です。アレは救世主ではなかったのでしょう」
「そんな実も蓋も無い答えなんて聞いてヌェー」
まぁ、そうだろう。
しかしそれならば。
「それなら貴方はどんな答えを望んでいるのですか?」
救世主さえも排斥するこの世は創造主でさえも見限るのが最良?
救い様も無く愚かで愛しい“人”だからこそ慈悲を与える裁量を?
そうではないでしょう?
「救世主が愛した土地と人を主も信じてみたくなった、と。そう信じたいのでしょう?」
「……」
単純に死を賭してまで人に寄り添った我が子を父が信じない訳にはいかない。
例え父が救いを見い出せないこの世界にも一抹の希望は残っているのだと。
その形を失った我が子の為に決断を迷っているのだと。
「馬鹿な事だけはよく回る頭です。それと貴方が再臨しただけで世界は滅びませんよ」
「…!」
そうだよな、と。
そこで初めて表情は崩れた。
ジェイドが言うと妙に説得力あるよな、と笑った。
――――――――――
その顔を、その表情を、その体を。
本当ならこの救世主を主にだって返したくないのに。
△
「敢えて言いましょう。この世界の為に死んで下さい」
誰もが考え直せと口を揃えた。
一度信頼を棄てた仲間も。
一国を統べる人々も。
しかしこの死霊使いは違う。
いつも正当で正論。
論理意外を全て資料とし理論を組み立てる。
それはどんな曲面した局面でも冴え渡った。
この時も例外ではなく。
「貴方の犠牲で大勢の人と大事な被験者が助かるんです」
「敢えて“私達が”とは言わないんだな」
決断を迫る時とは最も有効な手段を取るべきだ。
付き合いの長い仲間。
大切にしている家族。
愛着のある物。
それらを引き合いに出せばより有利な勇断を引き出せようものを。
「何を言っても無駄なら貴方の望んだ言葉の方が有意義でしょう」
「何を、言って…」
「貴方はもう答えを出し、それを曲げる積りは無いのでしょう?」
これ以上ない模範解答。
「そしてそれを肯定して欲しい。違いますか?」
皆が否定するその回答を迷いなく選ぶ為の。
最後の、最後の一歩を踏み出す為の。
背を押す正しい言葉。
「…ジェイドに言葉は要らないな」
「貴方が解り易過ぎるだけです」
「ほっとけ!」
――――――――――
「解りすぎるのも、困りものですよ」
△
眠い。
すぐ其処まで底のない狭間が来ている。
抗う術もないのだから迷わず惑わずその手を取れば良い。
然し違う手を望み手を振りきる事に臨むの自分がいる。
「ちょっとルーク。こんな所でボーっとしないの」
「んー…」
そうは言われても睡魔がそこで手招いている限り誘いを断るのは難しそうだ。
連日の睡眠不足は逐一蓄積され逐次発散されようとしている。
ただそれは妨げるものがない場合のみ随時放散されていくものなのだが。
どうしても目を閉じるのが怖い。
夢を見るのが怖い。
夢は脳の抽出を引き出し撒き散らす。
断片だけでも拾ってしまったが最後記憶は絡み付き自己の感情でさえ制御できなくなってしまう。
もう失いたくないのに。
「なぁ、ティア。お願いがあるんだけど」
「何?」
「俺が寝るまで、手、握ってて」
茫洋とした表情は数瞬後に紅潮したものにすり変わった。
「あ、貴方何言ってるか分かってるの!?」
「分かってるよ。ティアが傍に居たら安心できそうな気がするんだ」
言葉は一瞬だけ空隙を空気に開け溜め息と共に無散した。
「良いわ。ただし貴方が眠るまでよ」
「ありがとう。ティア」
安堵は疲労を拾い瞼を重くした。
――――――――――
その手が闇に病んだ夢を逃れる指標。
△
「なぁアニス、これから暇?」
「ん?特に予定はないけど?」
黒髪をツインテールにした少女が可愛く小首を傾げる。
きょとんとした表情は年相応と表現して表記されるもの。
そう。
「なぁに〜?ルークってば私にモンブランご馳走してくれるの?アニスちゃんったらモテモテ〜」
これさえなければ。
少女は自意識過剰な意見を箇条し、困っちゃうな〜、と笑う。
大分慣れたものの此処までの人格には成れないと息を吐いた。
「まだ何も言ってねーっての。そうじゃなくて雪あるからさ、遊び方教えてくんねー?」
「は?」
「俺、雪降ってんの初めて見たんだよ」
知識では知っていても識らない。
百聞は一見にしかずとの言葉も対応策を練る場合視覚は資格に成り下がる。
一見と一験に勝るものはない。
「モンブラン」
「は?」
「give and takeだよ。知ってるでしょ?」
しっかり者とはこういうのを言うのだろうか。
此処まで来たら強欲としても間違いではあるまい。
呆れを通り越した諦めに息を吐く。
「はいはい、後で奢らせて頂きます」
「よろしい」
小さな少女は満足そうに微笑んだ。
――――――――――
「じゃあねー、雪合戦からしようかな」
△
「なぁ、どこまでが俺のもの?」
訥々とした唐突な質問。
問われた方としては脈絡が無さすぎるそれに質疑で応答する。
必然に振り返る為少しの溜めの後青い軍服が翻った。
「どういう事ですか?前置きが無ければ幾ら私でも解り兼ねますよ」
溜め息混じりの言葉にも問うた青年は動じない。
赤い髪を風に任せて視線を自然に撒かせているだけ。
いつも感情を透かすその目に鋤いた虚空が映る。
漣さえ立たない常闇を孕んだ底無し沼の様で。
「この体はレプリカで世界も預言で決まってるなら、どれが俺のものなの」
造られた命は創った者のモノ。
世界の行く末は逝く先を定めた者のモノ。
だったらこの手に残るもの等あるのか。
意思さえ決められていると云うのなら一体どこに。
俺のものなんかこの世に。
「また下らない事を」
溜め息の溜め池が出来る程深く吐き出した息は厭きから来る呆れ。
その性格を理解したつもりでいたがまだ足りないのが実情らしい。
「随分と良く回る頭をお持ちですね」
「でもジェイド、」
「レプリカだから貴方の体は誰かのモノですか?預言があるからその意志は誰かのモノですか?」
「……」
「違うでしょう。体も意志も、何かに沿う以前に貴方という個人を構成している。それを見誤らないで下さい」
何で出来ているかなど関係ない。
今こうして何かを考え、行動しているのは紛れも無い事実。
事実が織り成す現実。
それだけが。
それだけは。
俺の。
――――――――――
「ありがとう、ジェイド」
△
「サフィールはマゾなの?」
「貴方はどこからそんな言葉を覚えてくるんですか」
唐突な疲労を拾い一気に老け込んだ様に思える頭を押さえて抑える。
何を言い出すかと思えば。
「だってジェイドが言ってた。何でサフィールを叩くの、って聞いたらサフィールはマゾだからですよって」
あの陰険鬼畜眼鏡は子どもに何を吹き込んでいるのか。
偏ったイメージを拭き込むのがどれだけ大変か分からない訳でもあるまい。
ただそこまで予測も予想も出来て尚、態と一番迷惑な道を取るのが死霊使いその人。
平和に平穏に平凡に暮らしたい願望はいつ形になるだろう。
「マゾの意味、わかってますか?」
「え、と、痛いのが好きな人」
「概ねその解釈で合ってますが、それだと私は当て嵌まりませんよ。痛いのは嫌いです」
不信気に不満気に眉が寄せられる。
真っ当な答を全う出来る現実を携えているのは此方なのに何故責められなければならないのか。
「じゃあサフィールは何なの?」
「主人を慕う犬、と云った所でしょうか」
無条件に無作為に尊敬し追従する。
裏切りも策謀も虐待すら受け入れる。
神の如き絶対者を有する、それは宛ら犬の様。
人に戻りたいとも、思わないけど。
――――――――――
「下僕?」
だから何だってこの子は。
△
「なぁ、サフィール。死ぬってどーゆー事?」
「…それは死霊使いに聞きなさい。彼の方が専門でしょう」
「だってジェイドの奴自分で調べなさい、とか言って教えてくんねーんだよ」
わかんねーから聞いてんのに、と実年齢よりも幼い仕草で膨れる。
そんな顔をするものだからからかわれるのだ、とは敢えて言わない。
労力の浪費と無駄な反感を抑えたいと思うのは人間の深層心理の真理というものであろう。
「死とは生活機能が不可逆的に失われる事。通常個体の死に伴い生じる一定の生理機能の停止や形態的な変化を死の標徴とみなす」
これが百科事典的な意味、と淀みもなく詠む。
「狭義でいくと脳死が人の死でしょう。定義を聞きますか?」
「い、いらない!」
当然の反応だろう。
只でさえ小さな容量しかない頭に要領よく情報を取り込める訳がない。
気付かれぬ様浅く嘆息し間を置いてから広義による講義を始める。
「辞書に定義出来るのは肉体の死だけです。肉体の死を人の死としないの前提を取るならば定義は変わってきます」
「…どういう事?」
「例え体がなくなっても心が生きていると感じるなら死んでいるとは言い切れないと云う事です」
精神の死が本当の死。
器さえ適当なものを用意出来れば容易に精神は戻ってくる。
そう、信じてここまできた。
「それは誰が決めるの」
「誰が、とは妙な質問ですね。周囲が精神の生を感じ取る事など出来ますか?」
認めた時に死は訪れる。
周囲が、ではない。
他でもない自分が、だ。
認めたくないなら、足掻けば良い。
此方側からだけでなく其方からも働きかけた時どうなるのか。
新たな説に探求心が疼く。
そんな事を言えば死霊使いがどう出るか予想もしたくはないが。
「世論は精神を重んじる傾向にありますが周囲が姿を認められないなら生きていると言えるのか疑問ですね」
「結局どっちだよ!」
「さぁ?」
――――――――――
「答えは貴方が出すものですよ」
△
「なぁ、ずっと忘れない様にする機械ってないのか?」
「…それよりよく此処に入れましたね」
グランコクマ本部マルクト軍基地。
大陸を二分する大国の矛にして盾となる守護の要。
脱出脱走侵入侵食全てを拒む堅牢な牢固。
の、筈なのだが。
「陛下に言ったらイッパツ」
「あの人は…」
一国を担う者でありながら感嘆する程簡単に許容する許可を出して良いものか。
第四勢力とは言え相手は王族に連なる赤い赤の他人であると言うのに。
意気込んだ所でやり場はなく吸い込んだ息を覇気もなく破棄した。
「そんな事より質問したんだから答えてくれよ」
「忘れない様にする機械、ですか?機械なんかより紙に書く方が余程建設的ですよ」
「けんせ…?よく分かんないけどそれって…ないって事なのか?」
世界の終わり、とでも銘打てそうな命運の受け入れを拒む顔。
此方が何をした訳でもないのに悪い事でもした気分になる。
「ない、とは言いません。しかし完成を見るには余りにも遠過ぎる」
待っている間に貴方の身体に限界が来る、とは言えなかった。
余りに残酷で余りに儚い宣告。
それを口にした瞬間判決が実現してしまいそうで。
何を言うでもなく瞼を閉じ執行猶予に甘んじた。
「それでも良い。一人だけでも良いんだ。俺の事全部覚えてて欲しい」
良い事も悪い事も。
俺とういニンゲンを、全部全部。
刹那的とも云える切なる願い。
願い通りこの赤い髪の青年を人々は忘れはしないだろう。
しかしフィルムの様な記録ではない記憶は守る術もなく端から磨耗して往く。
事実は助命の甲斐なく除名され美観に美化された光だけで依られた像を結ぶ。
像は美しい。
何せ虚像から影すら殺ぎ落としているのだから。
だがそれでは駄目なのだ。
それでは人ですらなくなってしまう。
「貴方は随分と無茶を言いますね」
「死ぬ前の我儘くらい聞いてよ」
それをあっけらかんと口にするまでどれ程費やしたのか想像も出来ない。
全て受け入れているならもう何も言う事もない。
ただ応えるだけが答え。
「分かりましたよ。餞別代わりに約束してあげましょう」
「サンキュ!他に頼めそうな奴いなかったからマジで助かった!」
また来るよ、と笑うのに顔を顰めて、もう用事は済んだでしょう、と追い出した。
さぁこれからが大変だ。
――――――――――
人で居たかった贋作に人でいる為の手立てを講じよう。
△
「死が救いだとでも言うのか。マルクト軍第3師団師団長、死霊使い殿?」
言葉に嘲りの含みはあるもののその翡翠の眼に遊びの色はない。
確か以前から冗談さえ赦す質ではなかったと思い返し苦笑を具象した仮面を頭に被り直す。
「死ねばそれでお終いです。生きるのが苦痛なら死は救いにも成り得る。そう解釈も出来ると云う事ですよ」
一般論だと。
笑顔で告げれば体の良い逃げ口上。
全くお笑い草だ。
立ち位置が悪くなっても顔色一つ変えず跳んでも仕舞わないとんでもない鳶色の道化。
「死にたい奴は死ねば良い。現実から目を背け真実に耳を塞ぐ勇気があるなら」
「おや、まるで生存している私達が臆病者だと言う様な台詞ですね」
「大切なものを喪っても飛び立てない道化が臆病者以外何になれる」
酷い言いがかりですねぇ、と謳う割に。
言い返しもしないで変わらぬ笑顔を張り付けた。
――――――――――
断ち切る怖さを知ってるから愚者は世界を生かし続ける。
△
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