世界の終焉十題・慟

朽ち果てた想い出の場所
もう音の出ないピアノ
まるであの頃が夢だったように
空を仰いでも、月はない
無知という罪、目を背けるという罪


title:リライト




選択式

鏡の世界
深海魚
舌は真実を蔑ろにする
土に還る
溺れる人魚
無神論者の神頼み
偶像崇拝
喰うか喰われるか


title:病憑き























































































「ここは…ホドだ」
「ホド?ホドってホド戦争の時に沈んだ筈じゃ…」
「そう。だけど…ここは俺の家だ」
「!?」

愛し気に白亜の瓦礫を撫でる博愛の手。
しかしその手が真に撫でるものは破壊の記録ではなく懐かしい記憶。
穏やかな母、力強い父、そして厳しくも優しい姉。
そんな夢物語が残る場所。
そして。

人を棄てる決意をした場所。

あの時。
王に連なる焔を消さなければ永遠に安らぎはないと。
あの焔さえ消す事が出来るのなら鬼と化すのも厭わないと。
そう思った。
そう思っていた。
そう、思い続けられたら楽だった。

敵は味方に。
味方は敵に。
あらゆるものは逆転し今この時を迎えている。
迷いは、ある。
復讐でさえ、諦めきれていない。

ただ。

大切なものが今に出来たから。
失いたくないものが俺を支えているから。
過去を背負い前を見据えて、戦う。






――――――――――
さぁ、決別を。

























































透き通る声。
澄み通る歌。
あれから何度響かせた事か。
あれから何度皹入った事か。
それなのに空は堪えない。
それなのに虚は応えない。
天に沈んだ船をこんなにも欲しているのに。




「また来てたのか」
「貴方こそ律儀ね。陛下のお守りは重労働でしょうに」
「言うねぇ。マルクト軍人に聞かれた時にゃ、不敬罪ものだぞ?」

金の髪をした青年が苦笑という表現がピタリと合う表情をしてガサリとセレニアを踏みつけた。
踏みつけた相手に一瞥もくれず踏みつけられた花に一別もくれず。
白く浮かび上がる花に蹲り、少女は氷原の中でも氷上の如き冷気をその身に帯びて答えた。

「そんな事、どうでも良いわ」
「おい…」
「連れてってくれるなら寧ろ大歓迎よ」

苦楽を共にした筈の少女は暗く何処までも深遠な真円を描き深淵をさ迷う。
彼女こそローレライに沈められた様。
本当に鎮められたのは赤い焔だったのに。

「そんな事、言うもんじゃない」
「だっていないの。何度呼び掛けても何度問い掛けても何度橋架けても駄目なの答えてくれないの堪えてくれないの応えてくれないの」
「もう良い!」

引き摺られる。
引き攣れる。
セイレーンの謌を無理に静め、目眩を起こす頭を押さえた。

「アイツは帰ってくるって約束したんだ!その約束をアンタが守らないでどうするんだよ!」
「…………」

少女は動かない。
頭が痛い。
少女など構わず構えず捲し立てた。
それはまるで自分に言い聞かせる様。

「帰ってくるってそう言ったんだ!アイツを、アイツを一番信じなきゃいけないアンタが諦めたら、戻って来れる訳ねぇだろ!」
「…………」

少女は動かない。
肩で息をしたまま遺棄している少女を睨み付けた。

「帰って、くるんだ…」

少女は動かない。






――――――――――
ピアノは壊れ音はない。
天に請われ乞われた時、虚を調律するのだろう。

























































「たくさん、ころした」
「えぇ、そうですね」

無感動に無関心に同意する。
自席に踞って自責にでもかられるが良い。
泣き喚き懇願しろ。
だからと言って忘れる事等許す筈もないが。

どれだけ踏みにじったと思っている。
どれだけ踏み荒らしたと思っている。
どれだけ消された炎が無念だったと、無惨の霧散したと思っている。
それでも飽き足らず自分だけ罪悪に囲まれて。
安全な囲いの中から贖罪しようなんて。
虫が良いにも程がある。

忘れようといったってそうはいかない。
自分だけ責めてもらおうなんてそうはいかない。
簡単な答え等与えてやるものか。
簡単な終わり等与えてやるものか。
もがき、足掻き、苦しめ。
同じ様に楽になんかさせない。
許されない。
許さない。






――――――――――
何も知らないなんて言わせない。
もう戻れないのだと思い知れ。
思い知った上で生き続いて行け。

























































甲高い声が耳を刺す。
落ち着いた声が取り乱す。
諭す声が凍りつく。

絶望に彩られた声達に共通して含まれるのは同程度の失望。
失う望みはごく僅かで極彩色をした罵倒の音が派手に撒き散らされる。
光は眩し過ぎて直射してくる直視出来ない太陽そのもの。
太陽を孕んだ欠片が飛来するだけでも強力。
月もない闇に浮かぶ意識を焼失させる。

幾つも穴を突き抜けて入る強すぎる光。
それも次第に遠ざかる。
そうだ、望んでもいない光などいらない。
ここまで来たのは追ってを負って来ない為。
誰にも、誰にも、触れられない為。
誰にも。

微かになった光に課すかの様に伸ばしそうになる手を戒めた。






――――――――――
光を呑み込む漆黒の闇。
更なる黒で塗り潰す虚無。
この虚に感覚も間隔も融けて無くなれば良かったのに。

























































「お前は以前聞いたな。人はどうして産まれるのかと」

記憶は曖昧にして模糊となって居り覚束ない朧に包まれている。
言われればそんな気もする。
そう、そうだ、あれは造られて間もない頃。
世界を知る事に全力で興味を傾けた頃。
身を取り囲む総てへの興味は質量を持って質問へと変質されて。
忙しい父の代わりに、患っている母の代わりに、側にいる存在へと疑問を向けた。
他愛ない他意ない質問。
しかしその中に琴線には触れるものも含んでいて。

「師匠は世界に必要とされたから産まれてくる、と言いました」

忘れていない。
忘れる訳がない。
師匠の言葉は皆覚えている。
ましてや空だった殻は新しいものを貪欲に吸収した。
ただ、それだけではない。
この言葉は軟禁生活で疲弊しつつあった精神を誠心を持って繋いだ。
理由をくれた言葉。
世界に参加する意思を畏縮させずに維持してくれた言葉。
しかし今はそれが諸刃の剣として突き付けられる。

「そう。世界は必要としたものを産む。だがレプリカは人が生むモノだ。」



「世界はお前を必要としていない」



あぁ、人ではないモノには理由さえ要らないのか。






――――――――――
刃は見事に頸動脈を掠めた。
それは早期の早急な手当てを必要とする致命傷。

























































アクゼリュスの崩壊。
それは起こるべくして起き、起こすべくして起こされた。
故に極めて人為的で、作意的で、恣意的な現象。
たった一人によって齎された予想も、予測も、皆無な現状。
この危機的状況において尚、未来が見えない状態を人が恐れるのは当然且つ必然の定理だ。

「何をしたか解ってるのか、ルーク!」

金髪の青年が叫ぶ。
悲痛と苦痛。
聞くものにさえ痛みを強要する声。
しかしその対象にはフィルターが掛かっているかの様に、磨硝子の向こうに居るかの様に。
届かない。

「俺が、アクゼリュスを、壊した」

殊更ゆっくりと紡がれた言葉。
それはその行動が全てを理解した上でのものと示すより、眼前の青年に真実を突き付ける意味で機能した。

「分かっているなら何故!?貴方は世界を壊すつもりなの!?」

言葉を失った青年に代わり、茶色の長い髪を振り乱した少女が怒声を上げる。
悲しみと錯覚する怒号。
それも、対する青年には意味を持たなかった。
全ての言葉が赤い髪の青年の前では平等に無力だった。
悲しみを伴う筈の言葉は青年に笑みを引き連れてきた。

「あー、それも良いかもな」
「…!」

その行為が呼吸と同然と言わんばかりにさも当然の様に、気怠気に、事も無気に。
世界の敵だと宣言する。

「俺の“世界”はとっくに壊れてるしな。なら今更何が壊れても大差ないだろ?」






――――――――――
正気は既に笑気と瘴気に呑まれ狂気を打開する勝機は見えなかった。

























































信頼を失うのが怖い。
見放されるのが怖い。
嫌悪されるのが怖い。
否定されるのが怖い。
見破られるのが怖い。

こんなもの、全て他人からの評価だと解っている。
考えるだけ詮の無い事だと解っている。
けれど他人から評価されない人間は人間と呼べるのだろうか。

所詮人は個人であり孤人。
他から見られる事でアイデンティティーを得る存在。
だったら評価されない人間は?
人と呼べるのか?

自分を自分で認められる程強ければ良かった。
強さが欲しかった。
しかしそれは俺にとって最初から無理な話だ。
自分に一番憎悪を感じるのにどうして認められる。

信用出来ない。
認められない。
真実身が無い。
嫌悪しか無い。
中身すら無い。

そんな奴に好意を持てる奴が居る訳がない。
それでも。
望んでやまない。

好いてくれる事を。
認めてくれる事を。
笑顔をくれる事を。
信用をくれる事を。
受入てくれる事を。

そんな都合の良い人なんていやしないとは思うけど。
認めて、赦して、信じて。
俺は“人間”になりたい。






――――――――――
こんな俺でも愛してくれますか?

























































「信じてたのに…!」

押し殺した慟哭。
冷静さを保ち続ける彼女が哭くのは初めての事だった。
兄と決別した時も決裂した絆を嘆きはしなかったのに。
覚悟のない裏切り。
前触のない裏切り。
二度繰り返されたそれにとうとう精神は耐えられず絶えてしまった。

全ては悪い夢なのだと。
全ては嘘だったのだと。
否定の言葉を切々に請う。
それでも青年は手を緩めようとはしなかった。

「“信じてた”?だったら良いじゃねぇか」

残忍に、残酷に、酷薄に、薄情に、少年は嗤う。
心底楽しそうに。
玩具を見つけた様に。

「それって信じてる内は裏切られても許すって事だろ」






――――――――――
良かったな、と放つのは最後の一撃。
一線は閃き一戦の開始を告げる。

























































「…本当に、行くのか」
「行きますよ」

何度言わせれば気が済むんですか、と仮にも玉座に座する男に向かって不躾に顔を歪めた。
相変わらずの態度に苦笑を禁じ得ない。
玉座の男が振りきる様に笑みを深める。
対する赤い髪を持つ青年には歪な感情が経りきり苦く忌んだ。

酷く対照的な二人はそれ故不可避で不可侵で不完全で不可欠。
逃れられず侵せず欠けているからこそ必要。
互いの為に、そして世界の為に。
歪みに嵌る為の欠陥を抱えたモノ達。

「ねぇ陛下、『幸福の王子』って童話知ってますか?」
「知らないな。少なくともマルクトには伝わってない」

唐突な切り出しは何時もの事。
不可解を切り抜き答えに応じた。

「そうですか。王子の銅像の話なんです
その王子は優しくて眼に使われてる宝石とか貧しい人に上げちゃうんです。
で、最後は金のメッキも上げちゃってボロボロ。ただ魂だけは天国に行きました、って話。
優しい心を持った優しい王子の話」

でも。

「でも、王子は貧しい人を助けたけど、それって貧しい人的にどうなんでしょう?
確かに貧しかったり助けて欲しかったりしたかも知れないけど、情けは要らなかったんじゃないんですか?」

エラい人はそれを“慈悲”だと言う。
可哀想な人を救うのは“私達”の仕事なんだと。
けれどそれは本人が旧債を救済して欲しい時の話。
自分の足がある人には最上級の侮辱。
最高の侮蔑。
俺も同じだ、と綺麗に弧を描く。

「俺は世界を救う。それが何の為か位、貴方なら分りますよね」

最後の言葉は玉座の男に任せて笑った。
初めて会った時に何故苦手だと感じたのか、今なら良く分かる。
それは所謂同属嫌悪。
同じく、欠けていたのだ。
相似のパズルの様に。
型紙通りの細工の様に。

「俺に生き残れと言いたいのか?」
「貴方がそう思ったんなら、そうなんじゃないですか?」

その手には乗らない、と。
貼り付けた笑みだけが意地を維持した。






――――――――――
自我の為に狂気を担える欠陥製品達。
自己の正気はやがて血を地に還す。

























































忘れた訳ではない。
忘れる訳がない。
忘れてなるものか。

俺が記憶の管理を忘却に任せたら誰が抹消された一族を保存すると言うのか。



「ほらルーク、あーん」
「あー?」

王族に連なる赤の誘拐。
世間はこの大事を漸く情報の海に沈めた。
しかしそれは地表にいるその他大勢から見た話。
海岸線のから覗けば情報と言わずその結果が嫌が応にも目に入る。
鮮烈なそれに目を逸らす事も出来ない。

「ん、食べれたな。じゃあこっちのは?」
「うー」
「嫌か?仕方ないな…」

今日はおしまいにしよう、と余った流動食ごと食器を重ねた。
これがその取り戻された赤。
赤が陸に戻った時には既に手にしていた筈の一切を深海に置いてきてしまっていた。
感情、言葉、歩行すら。

こんな深海魚から人へと戻る過程の真っ最中の相手に復讐とは我ながら笑える。
こんな者を生かす為に栄光は犠牲になったのか。
こんなモノを残す為に一族諸共逝かねばならなかったのか。

いっそ滑稽だ。

こんなこんなこんな。
こんな、人ですらないものの、ために。
おれたちは。

「…!」

いつの間にか裾を掴まれていた。
無意識の無為な力を抜けば赤もまた安堵した様に手を離した。






――――――――――
人魚にすら程遠いがヒトの機微は察せるらしい。
どうやら深海魚から回遊魚へ認識を改める必要がありそうだ。

























































神様は薄情だ。
だってあの時助けてくれなかったじゃないか。
居る訳無い。居る訳無いんだ。
こんなに、こんなにお願いしてるのに、何の奇跡も無いなんて。



「なぁ、神様って居ると思うか?」
「お前の話はいつも唐突だなぁ」
「良いから!答えろよ」
「はいはい、ルークお坊ちゃま」
「はい、は一回!それにいつまでその呼び方してンだよ、ガイ!」

不機嫌を更に上塗りして翠の眼が顰められた。
不遜な主人の不足する配慮を少々憂いながら碧眼を細める。

「カミサマ、ねぇ…居ても良いんじゃないか?」
「ガイは信じてんだ」
「否定する材料が無いだけさ」
「じゃあガイはどう思うんだ?」
「“そんなもの居ない”」

即答。
嫌悪感を含ませた気はなかったが滲み出るものがあったらしい。
翠眼が大きくなり意外だと言った。

「珍しいな。お前がそんなに嫌がるの」
「そうでもないさ。で?何でその話が出てきたんだ?」
「あぁ、カミサマが居ンなら一発ブン殴りに行こうかと思って」
「は?」
「だっておかしーだろ。何で俺がこんな詰まんねぇ所に閉じ込められなきゃなんねーンだよ」






――――――――――
何処までも世界の中心な主は箱庭から天を欲しがった。

























































「なぁ、本当は生きたいんだろ」

何度目かとも知れない問いを飽く事無く繰り返す。
開く事無く鎖されたままの鉄扉を虚しく叩き続ける。
その諦められた厚意に、呆れられた行為を重ね、集められた好意を包んで。
だがそれは無駄だと知っている。
無為な事だと知っている。
それでも。
何かせずには居られずに。
例え無駄でも無為でも無理でも無下でも。
何もせずには。

「なぁ、」
「…いい加減黙れよ!お前は鸚鵡か?それともインコか?何度も何度もうるせェんだよ!」
「ルー、」
「生きたい、って言えば満足か?生かしてくれ、って命請いしたら良いのかよ?」

そんな分かり切っている事を今以上声高に?
既にこんな惨めな姿を晒しているのにまだ足りないと?

言わなければ解らないのか、と翠の目が嘲笑を浮かべた。
そうじゃない。
俺が、俺が言いたいのは。

「お前こそわかってンのか?ソレは俺への冒讀だ」

深い不快に細くなった眼が雄弁に補足する事実を崩落の音と共に見た。

意思の無い人形の様に意識に無意識の他人を呼び、維持する。
実体の無い大気の様に意図せず大義の前に待機し大局を退去する。
それが唯一の選択肢としてしか知らず自己の事項だと宣言する傀儡。

そうだと思っていた。
違ったと言うのか。
全てを理解し利害も含めた上で了解の意を。

崩れる轟音。
屑と成り果てる傲慢を見やりながらいつの間にか手の離れた青年を映した。






――――――――――
ただ一言。
俺が求めていたのはそれだけだった。
それも俺があの赤を括る糸でしかない。

























































「よぅ。今日も夜這いに来たのか?」
「それは寝言?それとも真言?」

静かな水音に流される笑い声。
それは体温を持たず流水で常に温度を奪われている。
変温とも言える笑い。

「で?前みたいに襲っては来ないのか?」
「今日も殺る気で来たんだけどね…顔見たら失せちゃった」
「俺としては有り難い限りだな」

カラカラと笑う音は湿気の無い血の通った恒温。
変温に恒温は禁忌。
火傷に似た焦燥は苛々と無意識を焼く。

「何でかな。最初にあんたを見た時は殺さなきゃ、って思ったのに」
「初対面で行き成り襲いかかって来た時は如何したもんかと思ったぜ」
「仕方ないだろ。本能には従う様にしてんの」

不服と不快で焼かれた表面は爛れて歪んだ。
音が降る中その覆い被さる不機嫌をただ見返す。

「あーもう何で殺せないのかな」
「そんなの愛があるからだろ。俺ってば愛されてるー」
「あんたムカツク!」

ヒヤリとした刀身は不意に首筋から引かれた。
代わりに多大な不況を買う事になったが。
不愉快が唐突に愉悦へ替わるのは良くない事が起こる前兆。

「愛されたいんだろ。だったら俺の物になれよ」

それでも言葉を繋げれば返事の代わりに首を冷たい痛みが襲った。






――――――――――
「陛下、その首は何です」
「ちょっと犬に咬まれちまってな」




























































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