その理由
近くて遠くて浅くて深くて

ふるふる
Good-night my dear.
ミュージアム・ヴィジテーション
ゴー・ショッピング
ショー・マイアンサー
愛し
爪切りの話























































































「止まらない」

用件だけ告げてくる青年はいつもの冷静さを取り戻しているのに、冷徹さを欠いていて外見相応に幼く見えた。
対峙した時から眼は雫を零し続けていて、止まらないとの訴えはきっとこの事だろう。

「何故だ。彼が死んでからずっとこうだ」

何故、と呟く唇は戦慄いている。
問われても申し訳ないことに答えを持っていないので応えようがない。
持っているとするなら問うている本人だけだが、その当人が疑問を口にしてしまっているので解答などないだろう。

それでも、予測くらい出来る。これもあの男が遺した事だ。
あんたがくれたものはあんたがいなくなっても他人を助ける。俺を介して、他者を通して。
今も、そしてこれからも、たぶん。

ティエリア、とまだ雨を降らせている青年を呼んだ。
その雨を止める答えを、一つだけ提示できる。

それはたぶん。






――――――――――
「たぶん哀しかったんだと思う」

























































疲れた。いつもより数倍、体が重い。微重力下を移動しているというのに地球にいる様な重力を感じる。
戦闘は今までにない苦戦を強いられた。世界にばら蒔かれた疑似太陽炉搭載型MS、GN-X。オリジナルの擬似であるとは言え、技術の追いついていない各国にとって、与えられたオーバーテクノロジーは得体の知れない力であるだろう。だが、自国のMSと比べれば段違いの能力値である事には違いない。
その向上した戦力に加え、疑似太陽炉であるが故に生じる、オリジナルとの埋めきれない差を、物量が詰める。ガンダムの敗北など考えたくもないが、30機全てで来られたら、幾ら機体が万全の状態でも持ちこたえる事は難しかっただろう。

体が重い。だが、疲れだけではない。
これは内側からくる疲労。限りなく無色に近い虚無。
以前はとても近くにあった懐かしい世界が、もう手が届く場所で手を広げているのを感じた。
それを退けたい意思はある。しかしそう上手くはいかず、唯一の救いである眠りは訪れる気配を見せなかった。
昏い笑みが口許に浮かび、嘲笑の色が低い明度で重なる。何を望んでいるのだろう。そんな資格、もうとっくにないのに。身の程を弁えもせず、何を。
腰かけていたベッドから立ち上がり、扉を開けると飲食の出来るスペースへと通路を進んだ。





目的地には先客がいた。綺麗な紫色の髪を肩口で切り揃えた青年。整った顔立ちがこちらに気付いてくしゃりと歪んだ。
拒絶の言葉は飛んでこない。それを良い事に水が入った容器を持ち出し、斜めに向かいに腰を下ろした。

「眠れないのか?」
「君こそ」

なけなしの会話はそこで終了。どちらも沈黙を苦にするタイプではないので、疑問が裡に生まれない限り、それ以上、口火が上がる事もない。
静寂だからこそ響く、太陽炉を動力に回るエンジン音。耳ではなく振動で感じるそれ以外この空間には音がなく、時折飲み物を口にするのと衣擦れだけが、音という概念が存在する事を思い出させた。
そろそろボトルも空になる。
椅子を離れた所で背中に音を受けた。
済まなかった、と消え入りそうに震えるそれに、謝罪を受ける理由がわからず振り向く。その苦しげな表情で帰投後の一件を思い出した。
まだ引きずっていたのか。あれは受けて然るべき感情であり、俺が引き受ける罵倒だった。
その程度で気持ちが晴れるなら安いものだと、薄汚く打算した結果でもあった。責められこそすれ、謝罪を受ける謂れはない。
伝わらないだろうがそういう意味合いを込めて、気にするな、と言った。
今度こそボトルを片付けようと踵を返す。しかし更なる言葉が険と疑問でもって背に追い縋った。

「君はいつも通りだな」

何を言いたいのか分らない発言を訝りながら青年を見た。向こうから鋭い赤が貫く。

「どうして君は取り乱さない?悲しくはないのか?彼に思い入れがあるのは君だって同じだろう?なのに何故!?何も感じないのか!?」

段々と抑えられなくなる声が静寂に余韻を残して拡散していった。
彼からこんなに大きな声が出る事を初めて知った。そして、こんなに素直に怒り以外の感情をぶつけてくる彼も。
他人とはコミュニケーションをしてこなかった。必要のない事だと思っていた。アンタなら彼のこうした一面も知っていたのだろうか。
同じマイスターであるのにまだまだ知らない事が沢山あるな、ロックオン。

「よく、わからないんだ。想像できない」

青年とは真逆の、いつもの声が出た。それでも、感情だけは素直に出すように努めた。
分からないのだ。彼が死んだという事が。ここにいない、という事が。
想像できない。だってこんなにも。

「想像?想像などしなくても、現にこうして彼は帰ってこない!いなくなってしまったじゃないか!」
「いなくなってしまった… それが、分からないんだ」

確かに肉体が戻らない。確認出来たのに、見つける事が出来なかった。
でも、こんなにも鮮明に思い出せるのに。こんなにも生き生きと存在を描く事が出来るのに。
感触も声も形も。そこにあるように思い出せる。ほら、何もなくなっていない。
確かに以前、戦場で仲間を失い続けていた時の世界が、すぐそこまでやってきている。
いつも傍にいた存在が死んだ。それは理解出来ている。出来ているんだ。
でも以前と違う所がある。世界が真っ白にならないんだ。周囲はいつの間にか白に取り囲まれてしまったけれど、後一歩の位置で留まっている。
俺はまだ、自分を手放していない。白い世界はやってこない。
何が引き留めているのか分からなくて、考えた。そうしたら気付いたんだ。

ロックオンがいた。

心の中、とでも言うのだろうか。
とても近くて深い場所に。すぐ触れられて重なる場所に。
だから真っ白の世界が近寄ってこられなかったんだ。アンタが、守ってくれていたんだろう?


ほら、ほら。



ほら。







――――――――――
アンタの中にもいるんじゃないか?
耳を澄まして、目を凝らして。
そうしたら、いるだろう?
笑顔をちょっとだけ苦笑で曇らせている、ロックオン・ストラトスが。

























































世界は統一を見た。
それが形だけのものだとしても、中は未だに分裂した枠組みを持っていたとしても、それでも世界は一つになった。
そしてそれが忌むべき武力がきっかけで成されたものだという事を、人は忘れない。
忘れないで。
俺たちの、証。








「見えるか、あんたの故郷だ」

生憎の曇りだ、と付け加えて眼下を眺める。
街も森も湖も全て曇天を写していて聞いていたほど感銘を受ける景色ではない。
でもそこには人々の暮らしがあって、人生があって。何にも脅かされない生活があって。

それらを純粋に美しいと思う。





「………だから、嫌だったんだ」

俯いた表情にさえ曇天が移っていてずしりと重い。
ごろりと音がする。

鎖を、つけられていた。
沢山の鎖。約束という名の縛り。
それらは全て未来形で出来ていて、生きている事が大前提だった。
約束を果たすには、生きている、事が。

二人以上でするのが約束なのに、一人欠けてしまったら果たせないではないか。
終わりなき諍いの呪縛から人々は逃れられたのに、今度は指切りの数がのし掛かる。
彼はもういないのに、動きづらくて仕方ない。
彼がもういないから、動きづらくて仕方ない。








「繋いだのなら解いてから逝け」






――――――――――
約束を口にした相手は、もういない。

























































あたたかい、ひかり。
でもつよすぎなくて、ふわりとあかるくなる。
あたりをてらすんだ。








ゆらゆら揺れているような、ふわふわ浮いているような。そんなやさしい浮力の中にいる。
でもそれが、浮力なのかも判らない。緩やかに落ちているのかもしれないし、滑らかに昇っているのかもしれない。どちらにしろ、少しずつ暖かい所へ動いているような、そんな感覚に身を任せる。
周りは白一色で、目が開いているのか判断がつかないけれど、明るいのだと思った。
この場所は明るい。そして暖かい。
暖める何かがあるのかもしれない。そう思って手を伸ばしたけれど、何にも触れられずに空を掻く。
ああ、何かある訳じゃないのか。でも暖かい。そうやって納得する。それ以外の答えを求めようにも、伸ばす手がなかったのでそれ以前の問題だった。
道理で何にも触れられない訳だ。まぁ良いか、とお湯の中をたゆたうような感触を楽しむ。この場所は暖かい。
だんだん明るい方に近づいているみたいだ。周りの白は変わらなかったけれど、眩しいなと思うようになったから、多分そうなのだろう。
眩しい。この場所は眩しい。
眩しいという事は、この場所の端っこだ。知っている。もうすぐ終わりがくる。
それは嫌だな、と思う。もう少しだけ、ここにいたい。いさせて。いろいろ、いろいろ、我慢しているから、良いでしょう。
それでも眩しくなっていく。ああ、そうだった。聞き届けてくれる神はいないんだった。
勿体無いけれど仕方ないな。




うっすらと瞼を持ち上げると、カーテンの隙間から細く入ってきた光が、丁度左目の上を斜めに通過していた。
きちんと閉められてなかったのだろう。ぼんやりと開いた左目だけ、白い世界を写していて空白だ。
部屋にかかっているカーテンは薄い。朝が来たら自然と目が覚めるように、わざと遮光のカーテンを選ばなかった。
ああ、だから。早くなった朝日に意識だけ先に起こされて、微睡んでいる時間が長かったような気がするのか。
起きてと言われたのに、すぐまだ寝てて良いよと言われた。そんな感じだ。

起きるには予備動作がいるので、充電が完了するまで見るともなしに天井を眺める。
ふあ、と欠伸が出た。立て続けに二回。
欠伸に押し出されて生理的な涙が眦から滑り落ちていった。眦は睫毛の防波堤が役に立たない場所のようだ。分析する間も2、3滴の涙が頬を撫で耳へと降りていった。
涙と霞でぼやける視界。それを更に朝日が白くする。
まるで昨日のハードスケジュールを知っていて、甘やかしているようだ。叩き起した癖に、今日くらい寝坊したら良いと、そんな声が聞こえそうだ。
ぼやりと現実感のない中、俯せに寝返りを打つ。見上げるとカーテンは朝日によって窓の形に切り取られていた。
薄いカーテンから入り込む光。暖かいそれはどこか懐かしい面影で降り注いでくる。
なんだっただろう。懐かしい、なんて。
時間が経つほどに動かない頭が、より鈍くなっていく。それに焦る事なく光を見詰め続ける。
動かない頭の代わりに、唇が動いた。

「アンタに、似てるのかな…」

出た言葉に自分で驚いて、きしきしと喉元が締まっていくのに目を細めた。
ああ、そうか。だから頭が動かないのか。
懐かしい、懐かしい、温もりを与えてくれる記憶。それが痛みを伴わない様に、この賢い頭はこの時間帯を選んだのか。
カーテンの向こう。そこにある暖かいものを認めて、まどろむように目を細めた。







――――――――――
そんな事しなくても、もう傷つかないよ。
思いは変わらずここにあるから。

























































廊下に設置された移動用のバーを片手に微重力を平行に進む。
反対の手には先程預かったミッションプランが記されたスティック。それをまた眺めて、一つ溜め息を吐いた。







「今回のミッションプランよ」

目を通しておいて、と差し出されたのは見慣れたメモリースティックだ。了承の意を告げてから、ベストに付いたポケットに心持丁寧にしまった。

「今回の任務は潜入よ。少し入り組んでるから, よくプランを頭に入れておく事。ティエリアとアレルヤには別の任務に就いて貰う予定だから、刹那と二人で進めて頂戴」
「了解しました」

今回は赤い目をした誰にも懐かない動物と一緒らしい。それというのに肝心のもう一匹が見当たらない。
疑問が空気に乗って伝わったらしい。戦術予報士が困り顔で眉を寄せた。

「それが刹那ね、通信に出ないのよ」
「出ない?」
「通信機の電源は入ってるし呼び出し音は鳴るんだけど、繋がらないの」
「GPSは?」
「部屋からずっと動いてないわ」

何かあったのだろうか。
絶世の美貌を持つ青年ほど徹底していないにしろ、最年少のガンダムマイスターである同僚は任務を最優先に考えている。通信に気付いているのなら絶対に飛んでくるはずだ。任務を疎かにするなんて、まず考えられない。
その通信機だって携帯義務が課せられている。どうあっても、あの少年が手放すなんて有り得ない。仮に多少なりと離れた所にあるとしても、気配や音に敏感な少年だ。寝ている時であっても通信機のコール音が聞こえれば飛び起きるのに。
不測の事態だろうか。そんな、まさか。ここは味方しかいない輸送船だ。

「そんなに急ぐミッションではないんだけど、刹那が出ないのは少し心配よね。と、いう事だから、スティックを届けがてら刹那の様子、見てきてくれない?」





そして今に至る。
部屋に鍵が掛かっていた場合、相棒を使って開錠して良いとまで許可が出た。ミッションの内容説明よりも、こちらが本来の目的なのではないだろうかと恐ろしい予測まで立った。あの戦況予報士殿ならやりかねない。
そしてとうとう目的の部屋まで辿り着いてしまった訳だが。案の定、扉をノックしてみても呼び掛けても返事がない。それどころか物音一つしない。
扉にくっつけた耳を離し、再度呼び掛けてみたが応答なし。駄目元でパネルに触れて、やっぱり鍵がかかっている事を確認する。奥の手を使わざるを得ないらしい。
戦況予報士に許可された万能A.I.は連れてきていない。道具を使うまでもなく、暗証番号と共に開錠の裏技を知っているからだ。
俺の名誉の為に言っておくが、悪用した事はない。少年はよく話も聞かず引きこもるから、そういった事態を穏便に解決する為にも必要なスキルなのだ。まぁ、この船の事実上トップに当たる戦況予報士に許可を取っている訳ではないので、非合法とも言えない事もないかもしれないが。って、誰に良い訳しているのか。
自室同様に慣れてしまった暗証番号を打ち込み、ヒョイとパネルに細工する。
扉はあっさりと開いて音もなく道を譲る。しかし部屋は暗闇でもって入る事を拒んだ。
人の存在を塗り潰す黒。扉から差し込んだ光が、その光の分だけ四角く闇を切り取っていた。
寝ているのだろうか。それでも、いつもならここまでしたら襲い掛かってくるはずだ。通信機を忘れていったのか。馬鹿な。通信機は携帯義務がある。
センサーに触れて電気を付けた。

「…!」

服が落ちている。ここの主がよく着ているような白い服だ。
そう思ってよく見れば、それは人だった。この部屋に人と言えば一人しかいない。

「刹那!」

鋭く呼んで床を強く蹴った。
少年はベッドの側に倒れていて、そのベッドにぶつかる様にして推進力を殺す。
揺らしてはいけない、揺らしてはいけない。そう思っていた所為か、その次にどうしたら良いかわからなくなった。揺らしたら駄目だ。でも揺らさないように、どうしたら良い。必死に考えているのに思考は先に進まない。
恐る恐る少年に触れて、体温が移ってくるのを感じた。
温かい。生きている。
安堵が広がったお陰で、呼吸の有無、脈の確認、とするべき事の情報が堰をきって流れ出した。



一通り確認した結果、少年は極めて正常。ある意味、不本意な結論だ。あんなに焦ったのにこれか。損をした気分だ。
見た目の怪しいドクターにも確認を取ってみたが、異常はなし。そしてそのドクターこそが原因である事も判明した。
風邪気味らしいという事でドクターの元に訪れた少年に、副作用として催眠作用がある薬を処方したらしい。そういえば夜に勧めた牛乳は珍しく残していた事に思い至る。
何が原因か分からないが薬の作用が強すぎて、ベッドに入る前に床で寝込んでしまった、というのが事の顛末らしい。何と人騒がせな。
床で健やかな寝息を立てている少年の横で座り込んだまま、自らの額に手の甲を宛てて、大きく溜め息を吐いた。本当に、この少年には振り回される。 何も知らず眠る少年を見下ろす。その表情を覆うようにかかった髪を梳きながら横に分けた。
一応、明日の朝一で精密検査をする事になったが、異常はないらしいので動かしても良いだろう。
少年の靴を脱がしてから、その腕を首に回すように背中へと流す。頭は意外に重たいので、仰け反らない様に顎を肩に引っ掛けた。両膝の下に腕を通して深呼吸を一つ。

「よっこらしょ」

あ、今のナシ。
誰も見てない所で良かった。今のはちょっと年寄りくさい。
持ち上げた少年をベッドに降ろし、仰向けに寝かせてから詰めていた息を吐いた。
起きる気配が一切見られない。珍しい、というより有り得ない事だった。それだけ薬が効いているのだろう。

「お前さん、重くなったなぁ」

しみじみと出た呟きがまた、随分と年寄りくさくて苦笑した。
初めて会ったのはもう2年前だ。子どもの2年は早い。もう、少しの距離を持ち上げるのもしんどくなった。
頭を撫でると、さらさら髪が擦れて枕の方へ先を伸ばした。
何の憂いもなく寝息をたてている少年を、可愛い、と素直に思った。声には出さず名前の形をした息を繰り返し吐き出す。
子どもって皆、こんな可愛い顔してたっけ。
失った妹も可愛かった。でも少し違う気がする。
違うなぁ、刹那が可愛いんだ。
あったかい。ちいさい。

「刹那… 刹那」

可愛いね。
体が勝手に動いて、でも一瞬ぎしりと止まる。
思い留まったのに完全に辞める気にはならなくて、少年の額まで伸び上がると、そこに音を立てないよう口付けた。
もう一度撫でる。懐かしい感覚。庇護するべき、大切なものを持つような。
腰かけていたベッドが立ち上がった事で軋んだ。
分かりやすい場所にスティックを置き、センサーに触れて再び部屋を暗くする。扉まできて、光の中から振り返った。
もう逆光で暗闇の中には何も見えなかったけれど、いるはずの少年に微笑む。

「……おやすみ」







――――――――――
扉は開いた時と同じように音もなく閉まった。

























































「刹那、今日って暇?」
「地上での待機命令が出ている」
「ってコトは、取り敢えず差し迫ったミッションはないんだよな?」

それに頷くと満足そうに笑みが引かれた。
この男の機嫌が良いと録な事がない。その認識が間違っていない事を、笑みで知る。
今日もまた平穏が崩れていく音がする。











車へと戻る道すがら、通りがかった喫茶店に引き摺られるようにして入る。男が先陣切って扉を押すとカラン、とドアベルが鳴った。
平日の昼間という事もあり人の入りは疎ら。人の多い所は息が詰まるので、それは有り難かった。
窓際の丸いテーブルを挟んで腰かけると、すぐにシンプルな出で立ちのウェイトレスが水を置きにきて、お決まりの台詞を口にしてからにこやかに下がっていった。
汗ばむ外とは違う空調のきいた店内でも、融点をとっくに過ぎている氷は溶けてカツン、とグラスに当たった。結露を起こし始めているグラスに口をつけると、意識していなかった渇きを引き出されてグラスの半分を一気に流し込んだ。
落ち着いた所で視線を上げると、正面の緑の目がこちらを見ていた。逸らさずにいるとそれが細くなり、口元が綺麗な上弦を描いた。何が面白いのか分からなかったのでただ見返した。

「疲れただろ?何か頼むか?」
「別に」
「折角入ったんだ。飲み物くらい頼めば?」
「水がある」
「あっそ」

じゃあ俺は、との呟き後、男はすぐにウェイトレスを呼んで注文を済ませた。その様子を水を口に運びながら見るともなしに眺め、先程より丁寧にテーブルへとグラスを戻した。
それでもカラン、と氷は回って音を立てた。

「一周しかしてないけど、見て回るのに結構かかったなー」
「アンタがゆっくり見ているからだろう」
「刹那は早すぎるの!」

美術館ってのは一日中いるもんなんだから、とムキになって言い返してくる姿は年の割りに幼く、似合わなかった。
そんな不機嫌はすぐに成りを潜め、笑みが戻った。今日は随分と機嫌が良いようで、その切り替えは見事なものだった。

「見た中で、何か印象に残ってるの、ある?」
「……………」
「ほら、何かあるだろ?最初の暗い部屋とかさ」

ガラスだけ照らされてて綺麗だったろ、と言われて今日の大半を費やした不思議な空間を思い出す。
飾ってあるもの全てが、どこか可笑しかった。暗闇に置かれた車には硝子の黴が生えていた。壁に掛けられた大きな絵は絵の具ではなく木自体に着色したもので描かれていた。
どれも不思議だった。でもそれだけだ。
そう纏めようとして、一つだけ。

「黒い絵」
「黒い絵?」
「最初の方にあった、黒い絵」

それが印象に残ったのか、と確認されて首肯する。
細部はもう思い出せない記憶の中の絵。それをなぞる。黒くて暗くて。でも、きらきらしていた。

「あの絵は、安心する」
「そう、か」

男の笑顔が少しだけ困ったように曇った。
それも束の間。笑顔は仮面のように被りなおされ、優しさを強調した声が言葉を取り繕った。

「俺はあの羊が良かったかなー。パステルカラーで柔らかそうだったろ」

あんなのを一匹ペットに欲しいよな、等と言い出したのでCBで動物は飼えない、と釘を刺している内に、男が注文していたものをウェイトレスが運んできた。






――――――――――
男にはコーヒーを。
俺にはミルクを。

























































「調理器具は何とか揃ったから、今日は調度品を見に行こう!」
「ロックオン・ストラトス。スメラギ・李・ノリエガは待機命令を出している」
「でも外に出る事を禁じてる訳じゃないだろ」
「………」
「大丈夫だよ。裏が取れるまで当分ミッションはナシって言ってたし、急な連絡も端末持ってれば受けられるだろ」

それは、確かにそうなのだが。丸めこまれているように思えるのは気のせいだろうか。
動かない俺の肩に手を置いた男が、向きをくるりと180度変える。正面には玄関。

「すこーし肌寒くなってるから、何か着てからな」

男の声音は何処と無く機嫌の良さを醸し出している。無理強いはしないのに言い出したら引かないそれに、一つ溜め息を吐いて。
また180度回って、リビングへ上着を取りに戻った。









「あの食器棚、良いんじゃないか?」
「本棚は?あった方が便利だぞ」
「このソファ、変わった形の割に座り心地良いぞ!お前さんも座ってみろ!」

男が瞬間移動している。
いや、それは流石に比喩的表現だが、あちこちに落ち着きなく移動する様は、見ていて頭が痛くなる。
アンタ、今年でいくつになるんだ。大きな子どもという表現が、これ以上ないほどしっくりくる。

「少し落ち着け。俺は一言も家具を買うとは言っていない。それ以前に、持ち合わせがない」
「そうだと思ってさ、」

ジャーン、という効果音と共に目の前に男の財布を突きつけられる。特に変わった様子はない。何の変哲もない、そこで得意げにしている男の、見覚えのある財布だ。
それがどうかしたのか。
まさか。
視線を向けるとニヤリと口端が持ち上がった。

「実はセレブなお嬢様に頼んで資金提供を、な」
「余計な事を…」
「そう言うなよ。刹那の生活環境を整える為って言ったら、喜んで協力してくれたんだから」

苦笑に歪んだ割に咎める色を持たない音で、まだ腰かけているソファから楽しそうに言う。説得力のない笑みだ。
呆れていると肩を竦めて見せて、ソファから立ち上がった。隣で立ち止まって、俺の頭を掻き混ぜていく。

「お前さんはもっと普通を知った方が良いんだよ。普通の人は、部屋を住みやすい様に改造するもんだ」
「改造?」
「家具を置いたり花で飾ったり、さ。この国の人間とかはあんまりしないみたいだけど、本棚くらいなら俺も作るぜ?好きなもので部屋を埋めて、安心出来る居場所を作るんだよ」

想像のつかない世界だ。
安心出来る場所を作る。与えられたものに手を加えるなんて。そんな事、考えた事もない。

「与えられたもので十分だろう」

与えられたもの以上を求める事など許されない。俺には何もない。与えられても返せるものが無い。ガンダムに乗るくらいしか。俺には。
その程度で、与えられたものに見合う筈がない。もう、身に余るものを手にしている。零れないようにするだけで、精一杯。

「足りないよ。全然足りない」

そう言って俺の思考を遮った男を見遣って、驚いた。
表情の消えた、真剣な顔。気配に圧倒されて息を飲む。動けない。動く事を許されていない。
ごくり、と唾を飲み込む。それを合図に男が相好を崩した。

「俺が、いろいろ教えてやるから任しとけ!」

にっこりと形容される笑顔を向けてくる男に、諦めの溜息を送った。






――――――――――
そこには少しだけ安堵が紛れていたが、俺は気がつかなかった。

























































「刹那、出かけるぞー」
「スメラギ・李・ノリエガは近々ミッションがあるから待機と、」
「今日は大丈夫だろ。ミッションがあるなら、もう連絡寄越してるさ」
「………」
「ほらほら、そんなぶすくれてないで。行くぞー」

最近こうやって絆されているような気がする。良くない傾向だ。
だが今回に至ってはもう遅い。もう、電車に乗り込んでしまった。
次回から気を引き締めていこう。毎度、そう思っているような気がする。
今日は休日、という事で、歩いているといつもより多くの人を見かけた。特に中心部は凄く、ちょっとしたお祭りのような状態だった。こういう時、ここが都会と呼ばれる場所なのだと意識する。戦争を知らない、虚ろな国。
少し行けば誰かとすれ違い、また少し行くと袖の辺りを擦るくらい近くで通り過ぎる。
通り過ぎていくだけの人々。過ぎるだけで顔も覚えていない、遠い他人。
そんな有象無象に囲まれているのは、背筋に冷水を流されているようなものだ。
ここが戦場ではないと理解していても、体が周囲を警戒する。何度か後ろを振り返る。確かに、何もないのだ。

「刹那、どうかしたか?」
「何でもない」
「そうか?あ、今日の目的地はここ」

立ち止まった男に倣って足を止め、目の前の建物を見上げた。
大きな店のようだがエントランスがやけに広く、その上には大きな看板が幾つもかかっている。
そこは一際人が群がっている場所だった。まさか、ここに入らなければならないのだろうか。

「そんな嬉しそうな顔すんなって」
「アンタの眼は節穴か」
「まーまー、折角来たんだし俺に付き合ってよ」
「嫌だ」
「聞く耳持ちません!行くぞー」
「俺に触るな!」









結局俺が解放されたのは3時間以上たってからだった。長蛇の列に並んだ事や待ち時間を含めれば、4時間近くなるのではないだろうか。
ガンダムに乗っている時でさえこんなに疲れた事はない。肉体的な疲労というよりは精神的な、忍耐力の方をごっそり持って行かれた。何もする気が起きない。

「わー、疲れてるな」
「誰の所為だ」
「ええー、俺なのか?でも面白かっただろ?」

それ所ではなかった。
目の前の画面は見た事もないほど大きく、左右についているらしいスピーカーからは臨場感溢れる大音量。何度後ろを振り返り身構えた事か。
目の前に差し出された飲みを受け取る事はせず、男を睨みつける。
苦笑しかできないとばかりに笑顔を歪めた男は、俺にコップを持たせる事を諦め、隣に腰掛ける。もう片方の手に持ったコップを一口傾けた。

「あの映画は確かに突飛な設定だったけどな、俺たちのいる世界もそう変わらないと思うぜ?」

その声が妙に気になって男に視線を向ければ、表情を失くした横顔が足元を虚ろに彷徨っていた。
ざわざわする。時折現れる男の背負う影。こちらに伸びてくるものから逃げなければ、引き摺られてしまいそうだ。
嫌な汗が滲みそうになった所で、男自身がその影を取り払った。
こちらに向けられた顔。その緑色の眼に、閉じ込められた影の一端が見えた。

「刹那、もし死ぬまでの時間が決まってたらどうする?」
「どうもしない」
「したい事とか、無いのか?」
「戦争根絶」

俺の即答に男が薄暗く笑う。そんな風に暗く笑う位なら、微笑む必要はないのではないのだろうか。影が抑えきれないくらいなら。垣間見せるくらいなら。
アンタの痛みくらい引き受ける用意はできている。
そんな事をぼんやりと思いながら、俺の答えを用意する。今は、そうしなければならないような気がした。

「そりゃ、そうだろうけどよ…」
「命が尽きたとしても世界から歪みが無くなるのなら、俺はそれで良い」

変な事を言ったつもりはない。が、見張った眼は綺麗な緑色をしていた。草木の緑とも海の緑とも違う。以前写真で見た湖の様な。
それを見ている内に男の表情に笑顔が戻った。仮面ではない、眩しさを覚えるほどのそれに、俺は目を細めた。

「ホント、お前さんには敵わねぇなァ」

笑い始めたと思ったら段々とスイッチが入ってしまったようで、男は随分と長く笑っていた。一頻り笑った後、実はさ、と話し始める。
そこでやっと、俺は何故ここに連れて来られたのかを理解した。それと同時にお節介だとも思った。








あの頃、あの男がいた頃の事を、一人になってよく思い出す。日常生活でも対人関係でも、俺はあの男に多くのものを教わり、それを今、土台として生きている。思い出そうと思わなくても、ふとした瞬間に言動を思い出してなぞる。それが大抵、上手く世の中を渡っていくための処世術であった事に、旅をしていく内に気付いた。
でもそろそろ、俺自身の方法を見つけていかなければ。いつまでも真似ばかりでは、アンタは苦笑いしかしないだろう?
アンタが言ったように4年間人々の生活を見てきた。一生懸命に生きている人々の暮らしを、直に見てきた。人々が幸せに暮らせる世界かどうかを、見極めようとしてきた。

歪みは、正されていない。別の方向に曲がっただけだ。
俺はこれから、それを正す。アンタの遺志と、俺自身の意思で。
ガンダムと共に。それが今の、俺の答え。






――――――――――
だから、そこで見ていてくれないか。

























































一人でいるといつの間にか側に立っていて、撫でられる。それが日常になるくらい繰り返されていて、拒絶する事もいつしか忘れた。

「好きだよ」

頭の上をうろうろする手はそのままに、酷く柔らかく、大切な物の様に、丁寧に丁寧に紡がれた言葉は自身のレパートリーにはないものだった。
意味を取れなくて随分と上にある顔を見上げると、これまた酷く柔らかく、大切なものを愛でる様に、丁寧に丁寧に織り上げられた笑みがこちらを見ていた。
これは二人でいる時にしか見ない笑みだ。秘め事のように日常を忘れる隙間に、穏やかに入り込む。淡い空気のようなそれに、無条件の安心感を覚える。

「好き?」
「好意を持ってるって事」
「好意?」

言葉の意味が分からないと疑問符を重ねていくと、降参とばかりに笑みが陰って困らせた事を知る。
恥ずかしさから俯けば置いてあった手がまた頭を撫で下ろし始め、そろそろ俺の語彙じゃ説明すんの難しいな、と漏らした。
疑問は残ったがこの穏やかな空気を破る事への恐れが勝った。口を噤み、大きな手に主導権を預ける。そうする事で戻ってきた凪に安堵の溜め息を吐いた。
小さく笑う声に続いて同じ音で呼ばれる。この空気は動く事を億劫にしてしまうから、視線だけを向けて傾聴の意思を伝えた。
大切な秘密を打ち明けるように、言葉が降りてくる。

「言葉っていうのは心が近くにないと意味を持たないんだよ」

謎かけのような言葉だ。
言葉はそれ自体が固有の意味を持つ。それ自体が意味を持っているからこそ、意味に見合った言葉を選ぶ。言葉を使うものの中でそれを知らないものはいない。それなのに、心が近くにないと駄目だと言う。
心など、どうして必要なのだろう。更なる説明が降りてくるのを待つ。

「だから、心と重なった時に言ってほしいな」

心と言葉が同じ意味になった時に。
そう言って男は、不思議そうな雰囲気を醸し出しているだろう俺の上で、照れ臭そうに笑った。見上げる事をしなかったのでよく見えなかったが、とても嬉しそうだったような気がする。






――――――――――
他人の手が暖かい事に、武力介入が始まり、単独行動をするようになって初めて気が付いた。
他人の眼差しに温度がある事に、男のまなざしの温かさを知って初めて気付いた。
言葉の意味も、心のあり方も、みんなみんな、あの男から教わった。
貰った言葉も、心も。やっと、重なったのに。

























































「はい、完成!」
「ありがとう… ロックオン」
「いえいえ、どう致しまして」

食堂に入ると一つのテーブルが女性陣で賑わっていた。その中心にいるのはマイスターの纏め役。何かと煩く世話を焼こうとする男だ。
関わりたくない。
フイ、と目的のものだけを見据え、人だかりを敢えて視界から排除する。
あの男は本心が分からなくて気持ち悪い。
笑って構って追い払われてもまた笑って。邪険に扱われて笑う理由が分からない。邪険に扱われるのが分かっていながら構おうとするのが分からない。
真意は、本意はどこにあるのか。
何か狙いがある筈なのだが、巧妙に隠されている所為でそれが見えない。笑顔の仮面は分厚い。油断ならない。
所詮、見えているものは陽炎だ。光によって揺らぎ、たゆたう儚いもの。信じるに値しない。
貯蔵庫から水のボトル取り出し、傾ける。この距離ならもう声をかけられる事はないだろう。

「あ、刹那。ついでだからお前さんも来い」

考えが浅かった。さっさとこの部屋を出ていくべきだったか。
あまり視界にはいらないよう動いていたつもりだったが、しっかり見えていたようだ。目敏い。

「…遠慮する」
「好意は素直に受け取っておくべきだぞー。折角このプロ顔負けの技を持つロックオンお兄さんが、キレーに爪切ってやるって言ってんだからな!」
「自分で言う事ではないだろう」

どれほどのものかは知らないが何という自信だ。それを裏付けるような強気の笑顔は、偽りないものの様に見える。
それを胡散臭げに見ていると、無表情の少女が視線を合わせてきて、大丈夫、と言った。

「ロックオンは上手だよ。ほら」

少し近づいて見せてきた指は、確かに非の打ち所のない、滑らかなカーブを描いていた。しかも爪本来のものではない光沢を放っている。

「これは?」
「マニキュア」
「マニキュア?」
「ああ、ベースとトップしか塗ってねぇけど、それだけでも強度が出るんだよ」

少女の代わりに男が答える。よくわからない単語が混じっていて理解が及ばない。が、取り敢えず爪の強度が保てるらしい。成る程、言うだけあって詳しいようだ。
だが、それとこれとは別だ。不自由を感じていないのだから、改善の必要はない。
そうか、と頷いて通り過ぎようとした所をがっしりと捕まれた。

「待て待て待て!そこまで聞いたんだから切らせろって」
「必要ない」
「でも伸びてるだろ」
「適当に処理をしておく」

下らない押し問答が延々続き、埒が開かないと腕を振って拘束を解いた。踵を返した所で、正面の扉が宛ら感度の良すぎる自動ドアの如く開いた。
部屋の中へ入ってきたのは空のボトルを手にした女性。俺たちの様子を一瞥すると、何でもない様子でボトルの中を覗いた。

「ロックオン、しつこい男は嫌われるわよ」
「…ミス・スメラギ、人聞きの悪い事言わないでください。ついでに爪を切ってやるって言ってただけですよ」
「俺は頼んでない」

だから、とまた煩く言い返してくる言葉に無視を決め込む。
助けてくれれば良いのに、戦術予報士も顎に細い指を添えて眺めているだけだ。すると艶然と微笑んだ戦術予報士と目が合う。

「切って貰えば良いじゃない」

事もあろうに敵が増えた。さっさとこの場を辞するべきだったと唇を噛んだが、もう遅い。

「必要ない」
「人の習慣を知っておくのも結構役に立つのよ?」

色々とね、と含みを多分に持たせた言葉と視線には妙な説得力があり、反論が喉で詰まってしまう。
これは分が悪すぎる。諦観から息を吐いた。
まあ、たかが爪を切るだけ。それ以上でもそれ以下でもない。筈だ。
不本意である事を隠さず頷いたのに、承諾を得た男が随分と嬉しそうにしていたのが対照的だった。
いそいそと準備をし始めた男を物好きだと見下ろす。しかし出てきた道具に早くも後悔の念が浮かんできた。
その手に握られたもの。
ニッパーにしか見えない。





「はい、完成ー」
「………」

切り揃えられた爪は見せてくれた少女のもの程の光沢はないにせよ、非の打ち所のない曲線と艶を放っていた。
無骨な爪切りはなかなかどうして繊細な動きで爪の形を決めていき、鑢をかけた今の状態は確かに綺麗だった。

「如何ですか?お客様」

妙に丁寧な言い回しにそぐわない下品な笑みが苛々する。が、文句を所も見つからない。

「………悪くない」
「うわ、可愛くなーい」

もっと素直に、と注文をつける男に眉を寄せた。
男の得意な態度といい出来上がりの文句のつけようのなさといい、色々気に入らないのを抑え込んで素直に認めたというのにこの反応。これ以上どう言えば良いのか。

「また爪伸びたら、やってやるよ」
「いらない」
「何で!?」

何でも何も一番の原因はその態度だという事に気付いた方が良い。それさえなければ尊敬出来る特技だと、今より素直に誉めてやれるのに。
それは口に出さず、今度こそ邪魔のなくなった扉へ向かった。


どんなに仕上がりが綺麗でもあの男を喜ばせるのは後々面倒を生むような気がして、次は見つかる前に常駐している医者辺りに普通の爪切りを借りようと決めた。






――――――――――
後日気付いた。

「アンタの持っている爪切りはよく切れるんだな」
「おー、ちょっと重いけど、切れ味は他と比べ物になんねーんだ。あれ、俺そんな事教えてねぇよな?」
「他の爪切りは切れないから」
「え、いつ切ったのだよ!俺に切らせてって言ったじゃねーか!」
「アンタは嫌だ」




























































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