重なる
応え合わせを
決意を、貴方に
平行線の向こう
実像と虚像の差異
選択の自由を
ティエリア・アーデによる喫煙考察
見解の相違と言外の創意
嵌らない形 噛み合わない方向
いつでも微笑を























































































「俺はロックオン・ストラトス。成層圏を狙い撃つ男だ」

同じ顔で、同じように笑い、同じ紹介をした男に去来したのは、一瞬の既視感。
それは空洞を撫でる一陣の風でしかなく、振るわせるには威力が足りないまま通り過ぎただけだった。





それは見事に同じ存在だった。
見た目から仕草から、遠目に見ただけでは見分けがつかない程に、その男はロックオン・ストラトスだった。
だが、その中からでもちょっとしたものがひっきりなしに浮かんでくる。ズレ。ブレ。又はそれにすら満たない食い違い。
たった一滴滲み出た内なる誤差が、洗い、清めた筈の筆に残っていたような。水を含んだごく薄い絵の具の残滓が、透明な水を濁していくような。
広がるそれはあまりにも薄いため殆ど同じものであったが、しかし変質したものだった。やはりそれは見事に同じ存在で、決定的に異なる存続なのだ。
そのものであり、そのものではない、似て非なる個体。だから触れぬように。
あの頃と同じように視界に入れる事なく過ごしている。











「刹那」

どちらもよく呼びつける。それは同じ。
その戸惑ったような顔が本物くさいのはこちらの方だ。

「俺、何かした?」
「何も」

にべもなく突き放す。ただ、今までだってそう感じてきただろう疑問を敢えてここで掘り返すという事は、話す気はないのだと態度で示しても、簡単に引き剥がす事は出来ないだろうという確信があった。
願いとしてはこのまま引き下がってほしい。しかし願いは、じゃあ、と続いた言葉にあっけなく却下された。
この辺りの駆け引きはあの男ほど上手くない。必死さが透けてしまっては折角の年齢的優位も浚われるだけだ。この男は案外可愛い性格を維持しているのかもしれない。
守られていた事に気付きもせず、享受してきたのだろう。

「じゃあ何で避けるの」

いきなり核心か。
幼く愚直に問う姿は不機嫌さを滲ませて、長身であるのに年若い印象を与えた。全くこれではどちらが年上か分からないではないか。
兄弟などいた事はないが、下の兄弟を置き去りにしようとする心境とは恐らくこういうものだろう。愚直であるからこそ、その手から逃れるのは極めて困難だ。良心も痛む。
そんな心境を気付かれぬようにゆっくりと息を吐いて、正面から向き合う。
まだ少し高い位置にある綺麗な湖を覗きこんで、沈みそうになり、目ではなく鼻先に視線をずらした。

「避けてなどいない」
「でも、ティエリア達とはもっと自然に喋ってるだろ」
「ティエリアやアレルヤとは長いからな。これでもシャイなんだ」
「嘘だろ、そんなの」

鋭い。さらりと返された言葉は正論。こちらの方が苦しいか。
しかし一度造り始めた嘘の壁は完成させなければならない。例え、壁が崩壊する運命を必然的に有していたとしても、始めた事を放棄する事はできない。
それに自身を守る壁は多い方がいい。ただ、どんな形の壁を建てたのかきちんと覚えていなければならなくなるが。
これもあの男から学んだものだと気付いて、今更ながら深入りし過ぎたと再確認する羽目になった。それでも後悔だけはしていないのが救いかもしれない。

「嘘をついて何になる。勘繰りすぎだ」
「でも、」
「用はそれだけか」

見下すように視線を送り言葉に冷ややかさを混ぜる。
有無を言わせない態度。この4年でイミテーションとオリジナルを見間違う程に研きをかけた、絶世の美貌を持つ青年の十八番。付き合いの浅い者には本物だろうと偽物だろうと見破れるはずがない。この空気に飲まれる筈だ。
ぐ、と言葉を飲む反応で効果の程を知り、揺れる湖を意識的に無視して踵を返した。返そうとした。
ぎし、と音がしそうなほど、意志の通っていなかった手首を捕まれる。以前は体温から逃れようとする反射がその手を振り払っていたが、今は捕まれる事に嫌悪感はあれど振り払うほどの激情を失っていた。
離させる為に嫌悪感も露に手首を拘束する人物をねめつける。だが、怯まず見返してくる程度に深さを持ってしまった湖の目に舌打ちしたくなった。

「だったら何で、名前を呼ばない」
「呼んでいるだろう。ロックオン・ストラトス。何が不満だ」
「だからお前の呼び方は何ていうか… こう、よそよそしいんだよ!形式的で中身がないんだ!」
「感情で話すのは止めてもらおう。主観的な事で文句を言われるのは不愉快だ。考えを一度纏めてから来ると良い」
「…! 待てよ!まだ話は、」
「頭を冷やしてから来い、と言った」

話は終わりだ。一瞬力が抜けたのを見逃さず振り払う。呼び止められても、もう振り向かなかった。






――――――――――
違う所を幾つ見付けてもあの男がこの中で意識を保っている限り、重なり、離れて見え続けるのだろう。随分と彼には失礼な話だ。
だが、理屈はなんとか出来ても、心が騙されてくれない。
何故こうも心とは儘ならないものなのだろうな。

























































「何か言えよ!」

何か?
何を言えば良いのだろう。事実は述べた通り。意味は言葉の通り。これ以上でも以下でもないのだから、紡ぐべき言葉はない。過度に重ねれば事実を覆い隠し、捻じ曲げる。
事実を形作る言葉は少なすぎて、ピタリと嵌まる言葉は皆無だ。だからといって、過ぎれば輪郭がぼやけさせる。言葉で隠す事は、結局嘘と同義だ。真実を隠す行為。あの男が似たような手をよく使っていたのを思い出す。ただ、覆い隠す事を優先すべき場合もある。これには当て嵌まらない筈だが、俺にはまだ判断が出来ない。MSを操るより余程難しい。
だが、争点になっているのがガンダムである事は一目瞭然だし、目の前にある銃口は否定を望みながら肯定しか許していない。ここでの判断は間違っていない筈だ。
目の前の青年の裡には、もう答えがある。自身の見解に固められた答えが。
答えを持つ者に答えを押しつけるべきではない。人は言葉で自らを縛り、言葉に定められている。他者がそれを揺るがす事は出来ない。
自身で信じた、それが真実。それだけが、全て。



向けられる、黒光りした内側に螺旋を持つ筒。それを震えながら支える腕。その向こうにある憎悪と困惑と悲哀と嫌悪。
懐かしさに目を閉じた。
眼前で震える穴からもたらされる死を、受け入れるのは2度目だ。
志半ばなのは気にかかるが、相手にはその権利がある。生かされれば戦争根絶を。逝かされれば憎悪を引き受けよう。
アンタが決めた答え。求めた真。俺は俺に沿う形で結実させる。
嘘は言わない。罰は受ける。ただもう少しだけ猶予を与えてもらえるなら、俺は。










「………」

頭の中がごちゃごちゃして整理しようという気にもならない。うるさい。うるさい。でもそのままでいい。うるさいままでいい。考えたくない。今は、考えたくないんだ。
そう思った瞬間、濃い霧を晴らすように突風が吹き付けて喧しい奴を連れていってしまった。残された僕は、静寂の中で一人。
そうしてここが何処なのかを知る。
簡易ベッドしかない、暗い部屋。電灯くらいはあるだろうけど、つける気にはなれなかった。
ここに連れてきた、髪を肩口で切り揃えた人は、営倉だと言っていた。随分綺麗な顔をしていた。あんな人もガンダムに乗っているのだろうか。



ガンダム。
その姿を思い出すだけで凪いでいた心がざわりと揺らぎ出す。吹けば力を取り戻す憎悪はガンダムという無機質な存在より、一時隣同士で暮らしていた生身の人間を糧にジリジリと傷口を嘗め燃え上がった。
何で、君が。
答えを得られなかった問いを暗闇に繰り返す。同じように無言しか返って来ない事に、立てていた膝をぎしりと軋むほど抱える事で耐えた。
全てを肯定するように瞼が降りたのを思い出す。痛みが伴うのも構わず更に強く膝を握り締める。
そうでもしないと様々なものが出てしまいそうだった。僕の中にある、ありとあらゆる物が内側から激しく外へ出たがっている。出して良いものかさえ自分では判断出来なくて、額を膝に押し付ける事で抑制しようとした。
内側と外側はもう別人みたいだ。
誰か、止めて。自分では止められなくて、手を伸ばせる人を探した。誰か。誰か。誰か。

姉さん、ルイス。

探し当てたのは二人。大切な、大切な二人。
でもそれは。
それは、もう奪われてしまった。
激情が這い回る。
全てを奪ったのは誰だ。当たり前に存在していた平和を奪ったのは誰だ。
他に何もいらなかったのに。願ったものは全てあったのに。
何で。
何で何で何で。
何で、君 が  。







――――――――――
何度も詰問する暗闇の脳裏では、向き合った赤い目が静かに閉じるだけだった。

























































「助けてもらっておいて、何て態度だ」
「…ティエリア」
「君も君だ。わざと銃を奪わせるなど、」
「ティエリア」

遮る為の言葉は、しかし咎める色を微塵も含んでいなくて、逆に驚いて振り向いた。声音の通り、凪いだ無表情に少しだけ困惑を加えた顔がそこにある。その予想外の顔をまじまじと見た。
内にある感情が読めるようになった。彼も、そして俺も。以前なら表面に出ても気にする事さえなかったものに、目が釘付けになる。
4年の間には確実に時間が流れている。こうした些細な事でそれに気付き、不思議な気分になった。
困惑がこちらに伝染したのを悟ったらしい彼が、眉を寄せたまま口角を僅かばかり引き上げた。それは4年前、男に銃を向けられた時より分かりやすい微笑。苦笑の類いであったが、それでも精悍さを研ぎ澄ませた顔を少しだけ和らげた。

「あの男にも色々ある。責めないでやってくれないか」
「だが、何も知らない者に好き勝手言われるのは気に食わない」
「それでも。アレは被害者だ」

前の武力介入の痛みを担ったものだと、彼は言う。
それでもと食い下がる程に、どうあやしたら良いか分からない子どもを相手しているような様相で、彼の眉尻は下がっていく。それはどこか喪った男が諭す時に使っていたものと似て、嫌な所を写したものだと顔を顰めた。
別に彼を責めたい訳ではないし、咎めたい訳でもない。その相手は他にいる。
一つ溜め息を吐く。それで胸に凝っているものを無理矢理外へ出した事にした。

「わかった。それなりに丁重には扱おう。だが僕は僕のやり方でさせてもらう」
「手加減はしてやってくれ」
「それは相手の出方次第だ」

そういう所は変わらない、と4年間で大分幼さの抜けた青年がごく自然に緩く笑みを浮かべた。
思わず見惚れている内に、青年は新たな仲間を連れてくると言いおいて踵を返した。その背中を見送り、立ち尽くす。その内に営倉にいる男を思い出して、思わず不快に顔が歪んだ。
青年はアレを被害者だと評したが、それは僕たちにも言える事だろう。加害者である事を否定する気もないが、戦乱で多くの仲間を失ったという意味では僕たちも被害者であるのだ。
加害者は悲しんではいけないのか?
加害者だから何も知らない被害者から一方的に詰られても良いのか?
加害者には悲しむ権利さえないのか?
そうじゃない。そうじゃない筈だ。でも青年にはそんな考えすら欠落しているから。どんな理不尽も受け入れてしまうから。
僕がそんな世界から青年を守る。
どんな理不尽も届かないように、その強い意志を、この手で。






――――――――――
今度こそ。

























































「神様にでもなったつもり?」

嘲りを隠そうともせず、斜に構えた体制から半分の目がこちらを伺う。
以前見たものと大分変わってしまったそれが、重い楔に繋ぎ止められて過去から進めなくなっている。その楔の核を作ったのは俺たちの行動で、目の前の青年はその結果だった。
謝罪など意味を成さない事は焦茶の眼が十二分に物語っていて、ならばと自らの答えで応える。

「神はいない」

この世界に神がいるのなら、戦争は起こらなかった。もし起こったとして、早々に終結させていて然るべき。それがどうだ。徒に引き延ばして被害を拡大させ、大地を疲弊させている。
神はいない。いるとしたら破壊神のみ。
俺の応えをどう取ったのか、青年は侮蔑を加えて思い上がりもいい所だと嗤った。

「神様がいないから自分たちが神様気取り?4年前にあった平和を壊して、気に入らなかったら今度は統一された世界を壊すの?」
「統一が目的ではない。俺たちの最終目標は戦争の根絶。それを果たす為に、俺たちが放った賽をもう一度投じるだけだ」
「それが傲慢だって言ってるんだよ!戦争の根絶なんて言ってるけど、やってる事は結局テロリストと同じじゃないか!誰が被害者になると思ってるの?姉さんやルイスみたいな、罪のない人たちじゃないか!」

世界は君たちの玩具じゃない。作っては崩す積木遊びをしている訳じゃないんだ。
見開かれた目が憎悪を得て明度を落とした。何かを堪えるようにスウと細められた目が、暗く暗く、沈む。
結果が良ければ過程なんてどうでも良いんだろう。どうせ破壊神サマには弱者の痛みなんてわからない。
もう話してたいたくない、という拒絶が肌を刺す。それでも、これだけは伝えておきたかった。

「同じでなんて、終わらせない。絶対に」

宙で喪った人の面影が浮かぶ。緑を基調とした、MS。優しくて暖かくてその実、冷たい人。テロを最も憎んで、許す事を最期まで取り戻せなかった人。
瞼を閉じれば眩しい程に鮮やかに色付く人に眼を細めた。

「咎は受ける。それがアンタたち被害者の望みなら。だが俺は、俺たちが望む世界を作るまで戦い続ける」
「…例えばそれで大切な人を喪っても?」
「ああ。俺が死ぬまで」

アンタに譲れないものがあるように、破壊しか出来ない俺にも譲れないものがあるんだ。それは俺の願いであり、今は俺だけのものではない願い。
理念の創始者、思いを繋いだ人々、散った人。皆の思いを託された。皆の願いを託された。既に俺の体は俺だけのものではない。
だから。
嘆きに聴力を奪われようと戦禍に目を焼かれようと、戦い続ける。
俺にはそれしか、出来ないのだから。






――――――――――
それだけが、俺の。

























































後ろに気配を感じてちらりと視線を送ると緑色の袖が見えて、心得たと前に向き直った。
それを咎める気はないようだったが、純粋な疑問の方が上着の裾を引いた。

「ねぇ、アンタは俺と兄さんを別々に見てるよね。何で?」

心底不思議だと言わんばかりの声音に、こちらも疑問が浮かぶ。
そんな事、他人に聞かずとも本人が一番よく分かっているだろうに。
他人の口から確認したいのなら言ってやってもいいが。

「別々の存在を、他にどのように見る」

それ以上でもそれ以下でもなく。にべもなく余地もなく。
考え方が間違っていると言わんばかりに切り捨てる。一瞬の間のあと忍び笑いが届いた。
笑い処が読めないのは共通しているな。兄の方も何が可笑しいのか、俺の言葉によく笑みを溢していた。俺としてはズレている意識はない。
だって、そうだろう。違った個体にどうしてそれ以外の見方を押し付けられよう。それに、あの男の体はもう無い。精神を具現化する術は未だない。
笑いの波は引いたらしい。まだ口元を手で被っているのか、少しくぐもった声が続いた。

「確かに全然違うとは思うけどね、他人から見れば俺と兄さんはそっくりなんだろう?皆、兄さんと重ねて見てるぜ。けど、刹那はそうじゃない。だろ?」
「重ねて見るも何も、違うのだから重ならないだろう」

素早い衣擦れにつられ顔だけ振り向けば、男が無遠慮にこちらを指差していた。幼い仕草。
何だ、と横目で問うのと同時に、勢いこんだ様子に出会し面食らう。

「そこだよそこ!何で刹那は違うって言いきれんの!」

俺たちが本気で惚けたら、他人では気付けなかったのに。そんな事を言う。
そうなのか。
だが推測するに、入れ替わって楽しむという事を日常的にしてきた結果なのではないかと思う。同じ顔が二つある状況で頻繁に交代していたのなら、見分けるには幾分情報が混濁してしまうのではないだろうか。そんな内容の遊びを、兄の方に聞いた事があるような気がする。
その点、俺はあの男だけを見続けてきた。違う人物である事くらいすぐに判別がつく。
ただ。

「どうして、など説明できるものではない。違うものは違う」
「違う事は分かるのに理由は分からないってか」

こくん、と頷けば、傑作だ、と先程よりも大きく空気が揺れて背中に響いてくる。
また笑っている。段々腹が立ってきた。こちらは真剣に話しているというのに。
苛立ちは伝わったようだが簡単には収まりがつかなかったようで、何とか発した声も震えていた。それもまた苛立ちを煽る。

「あーぁ、こりゃあもうアレだね。愛だね」
「意味が分からん」

付き合いきれない。
言い様のない腹にうねる怒りを鎮める為に無視を決め込む事にする。
今回の事でよく分かった。コイツらが神経を逆撫でする事にかけて天才的な才能を持っているという事は。
後ろも見ずに自室へと入り、廊下にいる人物を拒絶する事で、やっと静けさを取り戻せた。






――――――――――
「兄さんは幸せだね」

あんな人材、またとない。そんなのに俺より先に出会えるなんて。
無表情が標準装備のリーダー。本当に表情筋があるのかどうかも疑わしくなるような所しか思い出せなくて、どうしても笑いを収める事が出来なかった。

「案外、面白そうじゃん。ソレスタル・ビーイング」

























































再建されたプトレマイオスの内装は、慣れ親しんだ以前のものを元に造られただけあって似通っている所が多い。その中でも展望室はそう変わらない位置にそのまま設計されていて、まだ慣れるまで至らない艦でも見当をつけて辿りつく事が出来た。
見上げた空は先程まで青かったのに今は夜より黒く、太陽の光より散りばめられた星星が目についた。切れかけた蛍光灯のように淡い明滅を繰り返す動かないライト。敵の機影に囲まれている、と嫌な想像をして軽く頭を振って追い出した。
距離感の掴めない星は届きそうな程に傍にあるのに、手を伸ばしても掠りさえしない。近くて遠い宙を眺め、浮いているようで沈んでいるような気分になった。
ふと現れた気配に目を細め、振り帰らないまま誰何もせずに、どうしたのかと問うた。
一瞬の躊躇が空気の揺れとして伝わる。それでも言葉は紡がれた。僅かに硬質な、警告を促す音がする。音が伝わるのは空気があるからなのだと、どうでも良い事が通り過ぎた。

「分かっているのか、刹那。アレはロックオンではない」

双子というだけあって全く同じと称しても差し支えない姿もさる事ながら、訓練もそこそこにガンダムを乗りこなして見せたその技量。
十分すぎる逸材。私設の反政府組織上がりにしては出来すぎた登場人物に惑わされそうになる。アレは俺たちの知る人物なのだと、片隅から惑わす声がする。

「そうだな。今のロックオン・ストラトスはライル・ディランディだ」

だが青年の憂いは杞憂に終わるだろう。
間違える筈もない。惑わされる事もない。例え死体が回収出来なくてもこの目の前で喪ったのだ。この、目の前で。
星だけでなく、すぐ側に在った人にすら届かなかった掌をきつく握り締めた。

「裏切るかもしれないぞ」
「確かにその可能性は否定できないな」

数時間前終えたソレスタル・ビーイングによる奪還ミッション。その裏では混乱に乗じたカタロン構成員の救出劇があった。
ソレスタル・ビーイングが持ち得る情報の漏洩。それを隠しもしない内通者。考えるまでもなく、そんな事をするのは一人しかいない。
カタロンに所属しているという男はソレスタル・ビーイングに入る事を承諾した。だが、こちらからカタロンを抜けるようにと指示した事はない。勿論、強制もしなかった。
これは重複をこちら自身が許容しているという事だ。一つに絞るよう強要していないのなら二つを選んだって構わない。そのどちらにより重きを置くのかでさえ当人の意思次第。こちらから言える事は何もない。
選択の自由を与えているのならば裏切りという概念自体が破綻するのでは、とも考えたが口に出すのは止めた。
それでも良いと、決めたのは俺だ。

「牙を向けるようなら、奴に武力介入するだけだ」

今のところ特に支障は出ていない。
これは現時点においてカタロンと利害が一致している事によるものだろうが、介入行動はミッションプランに沿っているし、能力も申し分ない。だったら問題はない。
これからどう動くのか。それが焦点となる。
暗い暗い宙の遠くを見つめようと目を眇る。どこかにある、あの男の欠片。それに確認するように呟く。

「ティエリア。俺たちは理念を具現化する存在である場合にのみ、ソレスタル・ビーイングなんだと思う」

怪訝な顔をしているだろう。空気に乗る感情が微妙に変化する。
それでも言葉にする事は止めなかった。口に出す事で考えを整理する。
答えを得たい訳じゃなく、思考を進めるための言語化。自動的に開く唇は勝手に言葉を繋いでいく。

「ガンダムを所有するからソレスタル・ビーイングである訳ではない。戦争根絶を悲願として行動するものがソレスタル・ビーイングなんだ」

願っているだけでは駄目だ。存在しているだけでは駄目だ。
それは4年の歳月をかけて得た答えの一つ。
力を手に行動しなければ、何も変わらない。戦争はなくならない。願いは叶わない。

「あの男はガンダムという力を手に入れた。条件は揃えた。これからの行動次第でソレスタル・ビーイングなのかカタロンなのか分かる」

理念を同じくするものなのか違えるものなのか。
あの姿からもう一度答えを聞く。
いつの間にか背後の気配は隣にあって意表をつかれた。気配を読む事を忘れてた。
隣から覗きこまれ、同じだが違う赤を眩しく感じる。

「何故わざわざそんな真似を?」
「さぁ…、何故だろうな」

自分でもその答えを求めていたから、答えられない事から逃げるように苦笑を浮かべる。僅かに見張られた目が眦を下げ、やはり変わった、と洩らした。






――――――――――
もしかしたらただ単純に。
一緒に戦ってほしかっただけなのかもしれない。
別人だと分かっていても、ただ、共に。

























































隣を通り過ぎた男の纏う香りに違和感。微かな苦味は香水にはないものだ、と記憶を探る眉が無意識に寄った。
ああ、これは。

「貴方は喫煙者ですか」
「あ?ああ、そう言えば言ってなかったっけ?」

ヘラヘラと意味もなく浮かべる笑顔は本当によく似ている。がしかし、その後に続くそんな事まで組織に管理されなきゃならないのか、と言わんばかりの不敵な笑みに神経を逆撫でされた。
わざとだろう。言葉に出さない代わりに酷く分かりやすい皮肉を態度で示す。そういう事をこの男は意識的にやっている。あの男との差別化でも図ろうとしているのだろうか。無駄なことを。
易い挑発だと分かっているからこそ、苛立つ感情を捩じ伏せる。こんな男があの男と同じ血を引いているとは。確かに外見は文句なしにそうだと断言できるが、中身は全くの別人だ。あの男は煙草など吸わなかった。
ふと、考える。あの男が煙草を吸っていなかったと、何故言い切れるのか。
4年前を慮れば、干渉を避け逸脱行動を糾弾してばかりいた自身の行動が蘇る。全てを共にしながら全てを視界から排除していた。あの男についてもそれは同じで、語れる事は決して多くない。
あの男はどうして過ごしていたのだろう。休暇は。休憩は。部屋では。ほら、何も知らない。
守秘義務という逃げに走っているだけではとても正当化仕切れない。俺は、興味がないと言って知る事から逃げていた。それが、あの男が喫煙者だったかどうかさえ断言できない、この結果だ。

ただ、あの男は人の前で煙草を吸わなかった。少なくはない時間を共にしていて、それだけは確かだと言える。
双子の弟という最も近しい遺伝子と経歴を根本に持つ人物が喫煙者である事実。これがあの男も喫煙者である可能性を少なからず示唆しているとして、あの男も喫煙者だと仮定するとしよう。
その場合、長時間煙草を口にしないのは辛い事である筈だ。喫煙者は食事の為の纏まった時間よりも、喫煙の為の細切れになった時間を欲するという話を耳にした事がある。
喫煙者であれば辛かった筈だ。だったら何故、人前では吸わなかったのだろう。
禁煙に成功しかかっていたから?
煙草自体が手に入り辛いから?
どれもしっくりこなくて顎に手を宛てて考える。あの男に一番似合いの考え方。

ああ、もしかして、気を遣っていた?

気配りに重きを置く男だった。誰にでも声をかけ、煩がられてもめげる事無く、特に女・子どもには気を回して。それこそ貧乏籤だと、相棒と公言していたA.I.にまで言われる程に、いつも誰かの為にあった気がする。
くすりと弧を引いた唇は、純粋なものだけではなかったけれど、笑みの形に半円を描く。
馬鹿馬鹿しい妄想だ。あの男がどういうつもりだったのかを詮索するなんてナンセンスであるし、そもそも喫煙者であると仮定する所から論理などあったものではない。
希望と妄想が暴走した追憶はろくなものを生まない。答えはあの男が持っていってしまったのだから知りようがないのだ。

「何笑ってんデスカ?」
「貴方が気にする事ではありません。それより、艦内での喫煙は決まった場所でしか許可していませんので」
「えー!それスッゴく辛いんですけど」
「我慢してください。この艦では、喫煙者が少数派ですから」






――――――――――
あの男のように、貴方も遠慮を覚えたらいい。
そのものになれる訳もないけれど、良い部分を学ぶ事くらい出来るでしょう。

























































地球が見える。
一般的に美しいと謳われる青は、その球体の向こうに強烈な輝きを持つ恒星を背負っている所為で暗く陰っている。しかし、明けていく月の様に光を受ける淵は、やはり透ける様な青だ。月並みな感想ではあるが、綺麗なものだと、見るたびに思う。
人が月に初めて降り立ったのはもう何百年も前になるという。自分の存在が影も形もない昔から同種の感想が出てくるのは、ある意味で人が普遍的な部分を分けているからかもしれない。そうでなければ未だに戦争を続けている訳もない。
パラドックス的に真理が掠めて、自嘲気味な口元が弧を描いた。同じ感覚を有していながらこんなにも人は分かり合えず繰り返すのだ。何と滑稽で愚かで仕様もない生き物なのだろう。勿論自分もその一人である事を全く否定出来ない事に、今度は蔑みに近い色を持って眦がすう、と下がった。
球体から光が漏れ始める。景色は移動しているように感じさせないのだが、明けていくスピードは目に映るほど早かった。
恒星の放つ光はあまりに強烈なもので、目を刺されないように思わず手を翳す。それでも、見つめるのを止めようとは思えなくて眼を細める。
掌の影から垣間見える、光に沈む星。あれが、全ての始まり。
不意に気配を感じて振り向いた。驚くほど静かに、この組織のリーダーである青年の姿が、闇から乖離しているのを捉えた。

「何、覗き見?」

軽薄に笑ってみせたのに、青年は意に介した様子もなくすたすたと近づいてくる。それに居心地の悪さを感じ、焦りのような、怯えのようなざわめきを抱いた。
だが、ポーカーフェイスは得意だ。
心の内を悟らせる事の無いよう、肩を竦める仕草を意識して大きく見せて、同時にざわめきを抑えつける。念には念を、という事で、視線も前に戻した。
隣に立つ青年はいつもより近い場所に位置を取る。それがまた、居心地の悪さを生み出したが、こちらから立ち去ってしまうのは負けるような気分になるので止めた。
大きくなったざわめきを無視して目を眇める。煙草が吸いたい、と、思った。

「指」

唐突な言葉に、この状況から逃避しようとしていた意識が急激に引き戻される。その変化にすぐには反応できず、仮面を被り損ねた驚きの視線で青年を見た。

「指?」

どれの事を言っているのだろう。俺のだろうか。それとも青年の。
しかし、青年の目がこちらに刺さったままである事から、俺のものを指しているのだと推測する。ただ、単語だけでは意味を汲み取れなくて、続く言葉を促した。

「綺麗な造形をしている。人を殺す指だ、大事にした方がいい」
「褒めてんのか、非難してんのか、分かんねえ物言いだな」

思わず顔を顰めた。カタロンの構成員をしている時も、今ほどでなくとも人を手にかけていた経験があるから、殺す指である事を否定はしない。
それでも、カタロンは大義名分のもとに行動している、という逃げ道を用意してくれていた。俺たちは世界のために、圧政に対抗しているのだと。その為であれば少々の犠牲も厭わない、と。
だが、CBにはそれがない。自分自身の信念のために自分自身のエゴを押しつける事を、皆が皆、自覚している。自身の逃げ道すら断って尚、進むからこそその道には狂気の荊が生い茂り、鬼気迫る様相を見せる。
だから強いのかも知れない。自身の信念のために、意識を保ったまま狂っているのだから。
自嘲を多分に含んでいるだろう俺の表情を見て、青年は何故そうなるのか分らないという風情で首を傾げ、口を開く。
その言葉の方が、俺には驚きだった。

「人を殺す事は、自分自身を守る事だ」

だから、大事にした方がいい。
そう青年は言って、口を閉ざす。初めからそういう意味合いで発した言葉だったらしく、俺の発言が分からない、と首を傾げられた。
…いや、お前の言葉が圧倒的に足りないからだろう。俺の反応は間違っていない。間違っていない、筈だ。さも当然のような顔をしてくるから、俺が間違っているような気分になる。
こんな事になるのも、青年の言葉が通常の意味とは別の、青年だけが持ち得る意味を有しているからだ。大事にしろ、という言葉さえも、俺の想像し得ない意味を含んでいる。しかもそれを、伝わるような形にする努力を怠るから、この青年は曲解され、誤解されていくんだ。そうに違いない。
情報が多すぎるのもどうかと思っていたけれど、少なすぎる方が、言葉をそのままの意味でしか捉えない他人同士ではコミュケーション不全になってしまう。のに。
その事に気付いても青年は直そうとはしないのだろう。分かる人にだけしか分からない。伝わらない。でも、それで良いと思っているから。
溜息を吐く。それが静まり返った部屋に響いて消えていった。

「お前の思考回路、見てみたいよ。てか、専用の通訳が必要なんじゃねぇ?」
「思考は目に見えるものではない」






――――――――――
見えたら落されてしまうだろう、という少年に、確かにその通りだと納得する。
彼の基準は彼にしか適用されないけれど、その実、とても単純なのかもしれない。

























































00ガンダムは近接戦闘を想定して造られ、2つの太陽炉からの動力供給により人間の操縦速度に最小限のタイムラグで対応できる高い機動性を有している。機動性のみで言えば飛行形態のアリオスには劣るものの、そのパワーバランスの良さは随一だ。また操縦者のスタイルにも合わせ、他のガンダムより多くの刀剣を所持しているのも特徴の一つとして上げられる。
CBにおいて最前線を行く機体であり、2個の動力を積んだ唯一の機体。CBの切り札。それが00ガンダム。
それなのにその扱いはぞんざいだ。考えなし、という訳でもないのだろうが、機動性を利用して敵機の懐に入り込み切り裂き、斬り伏せる。その繰り返し。近接戦闘型とはいえ、銃も用意され、操縦者自身の腕前もそれなりにあるにも関わらず、刀剣に頼った、言ってしまえば偏った戦い方。
MS同士は少し離れた所から撃ち合うのが主流であるから、機動性と刀剣を使用した接近攻撃は目晦ましにもなり、確かに有効であるのかもしれない。
だが、俺には些か強引で、ペース配分をまるで考えていないような無鉄砲に映る。時に手足を失うリスクを他の戦闘方法より多く背負うスタイルは、捨て身としか思えないのだ。生き延びなければならないのに。
もっと勝利に固執するなら手堅い方法もある。何故それを選ばない。
勝利に固執していないのか、死すら厭わない覚悟があるのか。だが、あの青年はそんなものを理由にしないような気がする。
もしかして。敢えて、選ばないのだろうか。己を顧みようと思わないから。
生き急いでいるというよりは死に急いでいる。一刻も早く死神に足を取られるように。
そう見える。





「なぁ、教官殿」
「何とかならないのか、貴方のその呼び方は」

嫌悪感を隠そうともしない、怜俐な美貌に睨まれるのは少々堪える。なまじ整った容姿であるだけに、細く研ぎ澄まされた眼に凄みが増すのだ。
普通に名前を呼んだって、不機嫌になるくせに。
ちらりと掠めた思考の残滓を掻き消して、苦笑を返すに留める。蛇が出てくると分かっているのに、わざわざ藪をつつく事もない。
機嫌はそれでも降下していくのが見てとれたので、早いトコ要件を済ませてしまおうと、軽く謝罪を口にしてから本題を持ち掛けた。

「我らがリーダーは昔からあんな戦い方なワケ?」
「あんな、とは?」
「一言で言うと無鉄砲?確かに強いんだけど、なーんも考えてないみたいに敵さんに突っ込んでくだろ。あれは前からなのか?」
「前からだ」

即答。
フーン。前から死にたがり、ってワケ。ある程度予想のついていた答えではあったので、それはそれで納得。を、している所に独り言のような暗さを含んだ音が流れた。

「いや、…以前より、酷くなったよう、な……?」

少し手を宛てて考えていたが、確証は持てない、と首を振る教官殿にまたフーンと気の無い返事をして、軽く礼を述べた上で離れた。
4年前に比べ、酷くなった戦闘スタイル。変わらないのであればそういう性分なのだと片付けられたが、そうもいかなくなった。
4年前と今との相違の中に、その理由があるのだろう。青年だけが理由として意味を見出した理由が。
だが、理由があろうとなかろうと他人には関係ない。目に見える行動だけを取るならこれは、他者の手を借りた自殺だ。今は青年が圧倒的に強いだけで、こんな行為を続けていたら、いずれ。
自殺に他者の手を使うなんて、利用される方も迷惑な話だ。ただ、この予想を裏付ける確たるものは何もないから、全て俺の妄想に過ぎないが。
こんな短い期間しか一緒にいない俺でも、青年の行動は引っ掛かる。教官殿が青年の行動に何も感じなかった事から考えて、4年前からこんなスタイルで戦っていたのであろう。なら、確実に兄はお節介を焼いていたに違いない。
だったらその行動を抑制するために、何かしらの手立てを高じていても不思議ではない。後々も有効であるように、4年の歳月が流れても変わりなく効力が持続するように。例えストッパーとしての存在が無くなったとしても、尚も青年を縛って離さないように。

「これも…計算の内か?兄さん」

以前のCBに大きな影響を及ぼした兄。
4年前に死んだ兄。
だが、詳しく話を聞いてみれば死体を見た者はおらず、死んだという事さえ定かではない、行方不明という曖昧な現状があるだけだ。
もし青年を、今も尚拘束し続けるよう仕向けたのが兄であるならば、兄は必ず生きて戻ってくるか、行方不明になるかのどちらかである必要がある。どのような方法にしろ、契約を交わしたどちらかが喪われた場合、契約を果たす相手がいないのだから、それを反古にしたとしても咎められる謂れはない。相手がいてこその契約なのだから、当然成立しなくなるのが通りだ。
だが兄は行方不明だ。戦死説がどんなに有力であったとしても、死体を確認しない限り、完全に喪われたのだとは断定は出来ない。
期待は捨てられない。希望が、焦燥が、残っている。
だから縛られて身動きも出来ない。だが、契約は継続される。
いつか契約を知るものが、喪われるまで。

「でも、それってどうなのかね?」

どちらかが喪われても続く契約なんて。
どちらかが欠けてしまえば歪んで撓んで元に戻らないのだと、本当は二人とも知っていたはずなのに。






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交点を持たない平行線に気付くには俯瞰の位置が必要なのだろう。

























































「刹那!また君は、」
「ティエリア、何度も言っているだろう。心配し過ぎだ」
「だが、その怪我は…!」

言ってしまってから自ら傷ついた顔で言い淀むのを見て、何と声をかけたら良いのか分からずに眉尻を下げた。
そんな顔、しないでほしい。綺麗な顔が歪むのを見る度に、胸の辺りが、きゅ、と締め付けられるように苦しくなる。
こんな事、以前はなかった。だからこんな時どうしたら良いのか分からない。
こんな時、俺は何が出来るのだろう。どうしたら、その憂いを晴らす事が出来るのだろう。
縋るように思い出すのは一人の男。あの男なら、何の事もなく曇った表情を明るく出来るはずだ。あの男なら。
だが、あの男の行為は自然過ぎて、注視する以前に見逃してしまっていた。何の気なしにする行動が慰めであり、癒しであり、寄り添う行為だった。
それは俺が必要ないと、切り捨ててきたものだ。嫌悪すら覚えた行為。それが今、必要なのに。
その行為から導かれる結果に興味が無かったから、過程に目を向ける事をしなかった。しようとしなかった。それを後悔する羽目になろうとは。
悔しい。
ぎり、と歯噛みする。ああ、本当に。こんな時、何をしたら良いのか分からない。
すると、記憶の中の男が苦笑を浮かべて、手を伸ばしてきた。そうだ、知っている。こんな時には。

「大丈夫だ、ティエリア」

ポン、と自分とほぼ同じ所にある、しかし自分よりも僅かに高い頭に手を置く。
引き攣れたような痛み。銃創が軋むのは確かだったが、わざと右腕を動かす。顔は何とか顰めずに出来た筈だ。これで心配などいならないのだと、彼に伝わると良いのだが。
もう一つの予防線として、普段使わない筋肉を総動員して僅かばかりの笑みを象る。
思いは言葉で、言わなければ伝わらない。
それは言われなくとも、俺自身がよく分かっている事だった。

「だから、そんな顔、しないでほしい」

その顔を、その心を、俺はアンタが思っている以上に気に入っているんだ。






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俺なんかの為に曇らせないで、愛しい人。




























































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